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第二十五話 遺品回収員、拠点を出る

第七層から届いた遺品袋には、死亡時刻が書かれていた。


明日の午後四時十二分。


所有者。


三田村遼。


現在。


生存。


白石律は袋の封を確認した。


未開封。


探索者協会の保管庫へ、誰が持ち込んだかは分からない。


監視映像では。


午前零時、空だった棚に。


午前零時一分、袋が置かれている。


途中の映像だけが欠けていた。


同じ現象が十二日続いている。


一日一袋。


第七層から生還した十二人の名前。


それぞれ、異なる未来の死亡時刻。


中身は一つだけ。


所有者が現在も使用している装備と、まったく同じ物。


傷。

修理跡。

製造番号。


すべて一致する。


「複製品ですか」


森下が尋ねた。


「確認できていません」


「本人は装備を持ってるんですよね」


「はい」


律は袋の所有権記録を見る。


死亡者遺品として、自動登録されている。


だが、所有者は生きている。


死体もない。


正式な所有権移転もない。


《廃品回収》は反応しなかった。


捨てられていない。


遺品と呼ばれているだけの物だった。


探索者協会は、特異遺品回収の優先調査権を律へ与えた。


報酬。


初期調査、三百万円。


原因特定。

追加七百万円。


回収区域から発見された所有者不明の廃棄装備について、第一取得交渉権。


二級遺品回収員としては、異例の条件だった。


「成り上がりましたね」


森下が言う。


律は依頼書を閉じる。


「まだ契約しただけです」


「三百万円ですよ」


「失敗時の損失項目もあります」


「そういうところです」


     ◇


出発前。


水瀬結衣が待避所へ来た。


電子認証は、まだ彼女を死亡者として扱っている。


入口で赤い警告が出た。


身分情報、無効。


結衣は端末を見上げる。


「ここで見つかったのに、中へ入れないんですね」


「現在の制度では」


「変じゃないですか」


「はい」


律は紙の入場記録を出した。


身分未復旧生存者。


家族。

事故前の知人。

現在の医療担当者。


三者による本人確認。


結衣が自分の名前を書く。


水瀬結衣。


「死んでる人が、自分で本人確認していいんですか」


「生きているので」


結衣は少し笑った。


「白石さん、やっぱり変です」


蓮見が手動で扉を開ける。


警告表示は消えない。


それでも。


結衣は自分の足で、三年間眠っていた施設へ入った。


低代謝保全装置は、証拠保全のため封鎖されている。


結衣は透明な壁の前で立ち止まった。


「私、ここにいたんですよね」


「はい」


「覚えてない」


「無理に思い出す必要はありません」


「でも、父がいたことは忘れたくない」


律は答えなかった。


水瀬浩一は、死亡確認されていない。


遺体もない。


遺言として扱わないと言った音声だけが残っている。


「父の物は、まだ遺品じゃないんですよね」


「はい」


「じゃあ、探してください」


結衣は律を見る。


「父をじゃなくて。父が、何を残そうとしたのか」


「依頼ですか」


「お金はありません」


「依頼内容を記録します」


結衣はもう一度、装置を見る。


「私が自分で払えるようになったら、正式に頼みます」


律は端末へ入力した。


未契約依頼。


水瀬浩一の残存記録調査。


期限、未定。


却下しない。


受注もしない。


残す。


     ◇


待避所の運営引き継ぎは、十四項目あった。


治療判断。

片瀬美冬。


設備停止。

蓮見紗季。


通信警報。

笹木悠斗。


搬送設計。

安西孝志。


現場撤退。

久我直哉。


契約と所有権の最終確認だけは、律が遠隔で行う。


ただし。


生命に差し迫る場合、事後報告で実行可能。


「本当に行くんですか」


笹木が尋ねた。


「はい」


「救助要請が来たら」


「対応してください」


「白石さんの判断が必要になったら?」


「必要な理由を記録して、連絡してください」


「連絡がつかなかったら?」


「決めてください」


笹木は、納得していない顔をした。


片瀬が治療室から出てくる。


「戻ってきた時、口を出しすぎたら追い出します」


「管理者ですが」


「治療室では私が責任者です」


「分かりました」


安西はまだ重量物を持てない。


椅子に座り、搬送用の固定帯を点検している。


「右腕が治る前に無理をしたら、こちらでも記録します」


「お願いします」


久我が短槍を肩へ掛ける。


「俺は一緒に行くぞ」


「訓練担当では?」


「第七層へ行く回収員の撤退訓練だ」


蓮見は工具箱を閉じた。


「設備は任せて」


律が答える前に、蓮見が続ける。


「ただし、北扉は開けない。あんたが何を持ち帰っても」


「判断は任せます」


それは許可ではない。


設備責任者の権限を確認しただけだった。


     ◇


律は自分の机を整理した。


回収袋。

記録端末。

左手用の工具。

予備手袋。


妹の古いライト。


点かない。


蓄積芯は、まだ警察が保全している。


持っていく必要はない。


律はライトを棚へ戻そうとした。


手が止まる。


待避所に置けば。


帰還する場所に残る。


持っていけば。


また、遺品回収の現場へ連れていくことになる。


合理的な差はない。


律はライトを作業鞄へ入れた。


蓮見が見ている。


「直す気になった?」


「まだです」


「じゃあ、何で持っていくの」


「判断が終わっていないためです」


蓮見は呆れたように息を吐いた。


「それ、普通は手放せないって言う」


律は否定しなかった。


     ◇


条件付き独立救助所の認証灯が、入口で点いている。


正式施設ではない。


浄水設備もない。

冷却装置も停止中。

運搬昇降機も失った。


完成していない。


それでも。


律がいなくても、人を救える。


補給拠点は。


回収する対象から、帰還する場所へ変わった。


律は東側入口を出る。


同行者。


久我直哉。

森下。


城戸征司は第七層入口で合流する。


探索者協会から与えられた、新しい班名が端末へ表示される。


特異遺品回収班。


班長。


白石律。


五年前。


補助員だった律は、妹の遺品袋を自分の手で閉じた。


今。


自分の判断で動く回収班と。

自分がいなくても動く救助所を持っている。


二級の回収員が持つには、大きすぎる権限だった。


だが。


第七層の依頼書には、さらに大きな異常が記録されている。


十二人の探索者は、全員生還した。


帰還後の記憶も、装備も正常。


ただ一つ。


第七層で拾ったはずのない古い回収札が、全員の荷物へ入っていた。


《回収済》。


確認者欄。


白石律。


律が署名した記録はない。


未来の遺品袋と。


偽造された自分の名前。


久我が依頼書を見る。


「罠だと思うか」


「可能性はあります」


「行くのか」


「依頼を受けました」


「死ぬ時間まで書いてあるぞ」


「まだ死んでいません」


律は回収袋を確認する。


空の袋。


誰の名前も書かれていない。


「なら、遺品ではありません」


第五層北部緊急待避所の灯りが、背後で小さくなる。


遺品回収員は。


完成した拠点を守るためではなく。


次の遺品を生ませないため、再びダンジョンの奥へ向かった。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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