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第二十六話 遺品袋が、持ち主を殺しに来る

三田村遼の死亡予定時刻まで、十九分だった。


第七層入口の臨時隔離室には、本人と四人の監視員、それから二つの右手があった。


一つは三田村の腕についている。


もう一つは、透明な証拠容器の中に置かれていた。


黒い戦闘手甲。


同じ製造番号。

同じ補修帯。

同じ三日月形の傷。


遺品袋が協会の棚へ現れた時、その傷はまだ三田村の装備になかった。


それでも複製品には、三日前についた傷まで刻まれている。


「ずっと見てるけど、何も起きねえぞ」


三田村は椅子へ深く座り、右手の指を動かした。


「あと十九分で急に死ぬのか?」


白石律は返事の代わりに、現在の手甲と複製品の魔力波形を見比べた。


完全に一致している。


遅延は〇・二秒。


三田村が指を曲げるたび、証拠容器の中で誰も触れていない手甲の関節がわずかに沈んだ。


「同期しています」


森下が息を詰める。


「さっきより反応が大きいです」


「容器を開けるなよ」


久我直哉は壁際に立ったまま、短槍を握っていた。


「開いた瞬間に動くなら、壊す」


「内部構造を確認するまで破壊しないでください」


律が言う。


「人間へ向かってきてもか」


「その場合は、人間を離します」


久我は鼻で息を吐いた。


「逆だ。人間から離れない物を壊すんだよ」


律は記録端末へ視線を戻した。


証拠容器には、警察、探索者協会、製造会社の三重封印がある。


破壊すれば、未来の遺品袋がどこで作られたかを示す最初の完全資料を失う。


残り十五分。


三田村が笑う。


「俺が死ななかったら、その偽物はどうなる」


「遺品ではなかったと記録します」


「それだけか」


「死亡時刻の記載が誤りだったことも残します」


「俺の人生に間違った死亡時刻が書かれて、それだけ?」


律は答えなかった。


三田村は右手を机へ置いた。


「ここに来る前、班を外された」


「安全上の判断です」


「仲間は今日も第七層に入ってる。俺だけ死ぬ時間を待ってる」


手甲の内側で、小さな金属音が鳴った。


久我が顔を上げる。


「今のは?」


三田村が右手を見る。


「解除具が動いた」


本人が操作していないのに、手甲の固定爪が一段深く腕へ食い込んでいた。


森下が波形を拡大する。


証拠容器の中の複製品も、同じ形に変形している。


残り十三分。


律は三田村へ言った。


「手甲を外してください」


「やってる」


緊急解除ボタンは反応しない。


製造会社の遠隔解除も拒否された。


表示。


――所有者状態を確認中。


――回収準備。


三田村の笑いが消えた。


「回収って、何をだ」


証拠容器の中で、黒い手甲の指が開いた。


誰の腕も入っていない。


それでも五本の指が床を掴み、手の甲だけで身体を起こすように立った。


透明板へ爪が当たる。


一度。


二度。


三度目で、容器の内側に白い傷が走った。


「強化板だぞ」


森下が後退する。


久我は槍先を容器へ向けた。


「白石」


「まだです」


「もう動いてる」


「封印を破った瞬間の魔力経路を取ります」


「人間の腕も一緒に取られるぞ」


三田村が低く呻いた。


現在の手甲が、前腕を締め始めている。


皮膚が固定具の隙間から盛り上がった。


森下が工具を持って近づく。


「裏蓋を開けます」


「衝撃記録片を傷つけないでください」


律が言った。


森下の手が止まる。


「今、それを守るんですか」


「発信元が入っている可能性があります」


三田村が歯を食いしばった。


「俺の腕より?」


律は手甲の圧力表示を見る。


骨折域まで、まだ余裕がある。


非破壊で外せる可能性も残っている。


残り十一分。


証拠容器が割れた。


黒い手甲が透明板の破片と一緒に飛び出す。


床へ落ちず、五本の指で着地した。


次の瞬間には、三田村へ向かっていた。


久我の槍がその進路を塞ぐ。


複製手甲は槍の柄を掴み、三田村が戦闘で使うのと同じ手首の返しで外側へ捻った。


久我の肩が引かれる。


「こいつ、本人の動きを使ってる」


三田村の現在の手甲が同時に動いた。


右腕を持ち上げ、久我の喉へ拳を向ける。


「止まれ!」


三田村が自分の腕へ叫ぶ。


拳は止まらない。


久我が身体を沈める。


黒い拳が壁を砕いた。


三田村は椅子ごと床へ倒れた。


現在の手甲が指を閉じる。


五本の指が、掌の内側へ食い込んだ。


骨の鳴る音がした。


「壊すぞ!」


久我が叫ぶ。


律は複製品の手首に露出した黒い核を見た。


そこへ発信元の識別情報が流れている。


旧式の回収所番号。


最初の二文字だけが表示された。


R―


「三秒ください」


律が言った。


「長い!」


久我は待たなかった。


槍の石突きを床へ突き立てる。


《一点固定》。


穂先ではなく、柄の中央を複製手甲の手首へ叩き込んだ。


床へ固定された一点を軸に、黒い手甲の腕部が反対方向へ折れる。


核が露出する。


久我は二撃目で砕いた。


室内の照明が一斉に消えた。


闇の中で、律の声が聞こえた。


『回収済みです』


律は口を開いていない。


三田村の現在の手甲が停止する。


森下が非常灯を点けた。


黒い固定具の中から、血が机へ落ちている。


三田村の右手は握られた形のまま、動かなかった。


     ◇


緊急処置室の外で、律は三十分立っていた。


座る場所はあった。


森下が持ってきた水も、手をつけていない。


記録端末には、未完成の文章が残っている。


――証拠破壊。

――判断者、久我直哉。

――結果、人命維持。

――


四行目を書けなかった。


久我が壁へ寄りかかっている。


「俺の処分は後でいい」


「処分は決めていません」


「命令違反だ」


「はい」


「証拠も壊した」


「はい」


「でも、あのままなら腕ごと潰れてた」


律は処置室の扉を見た。


「三秒、待たせました」


「お前が待たせたんじゃない。俺が待った」


「私が指示しました」


久我は律の胸元を掴んだ。


右腕を固定している律は、抵抗しなかった。


「だから何だ。次から『三秒で人の手が壊れました』って手順に書くのか」


律は返事をしなかった。


久我が手を離す。


「お前は失敗を記録に変える。それで同じ失敗を減らしてきた」


廊下の奥で、搬送用の扉が開いた。


医師が出てくる。


三田村の命に危険はない。


右手の骨折は三か所。


神経と魔力伝導路の損傷が重い。


指の細かな動作が戻る可能性は低い。


戦闘手甲を使う前衛としての復帰は、難しい。


久我の声が小さくなる。


「これは減らせるのか」


律は、未完成の四行目を消した。


     ◇


三田村は麻酔が切れる前に、律を呼んだ。


右腕は肩から指先まで固定されている。


左手だけが自由だった。


「死ななかったな」


「はい」


「お前の記録は外れた」


「私の記録ではありません」


三田村の左手が律の頬を打った。


乾いた音が処置室へ残る。


医師が止めようとしたが、三田村は二度目を振らなかった。


「そこだよ」


律は姿勢を戻した。


「何でしょう」


「誰が書いたか。誰の物か。どの権限か。お前はずっとそれを見てた」


三田村は固定された右手を見る。


「俺が痛いって言ってた時も、偽物の中を見てた」


律の左手には、空の記録端末がある。


何も入力しなかった。


「証拠と俺の手、どっちを見てた」


律は三田村の顔を見た。


「証拠です」


処置室の空気が止まる。


森下が視線を落とした。


三田村は笑わなかった。


「正直だな」


「申し訳ありません」


「謝った後、改善案を言うなよ」


律の口が閉じる。


三田村は左手で、ベッド脇の探索者証を掴んだ。


前衛資格。

右手用戦闘具の使用許可。


その二つが、今後停止される可能性が高い。


「次の奴には、証拠ごと燃やせ」


「約束できません」


「なら、次も誰かが壊れる」


「はい」


「出ていけ」


律は退室した。


扉が閉まる直前、三田村が探索者証を床へ投げた。


拾わなかった。


     ◇


砕かれた複製手甲から回収できた情報は少なかった。


旧遺品回収所。


識別番号。


R―十二。


回収対象の現在装備と、複製品を同期する通信経路。


そして。


破壊直前に再生された、律の声。


音声は過去の記録から合成されている。


素材となったのは、五年前。


妹の遺品受領時に律が答えた音声だった。


『確認しました』


『受け取ります』


二つを切り貼りし。


『回収済みです』


へ変えている。


森下が再生を止めた。


「署名だけじゃない」


律は妹の古いライトが入った鞄を閉じる。


「声も使われています」


「白石さんを犯人に見せたいんですか」


「分かりません」


「また、それですか」


森下の言葉は質問ではなかった。


壁面で、残る十一袋の情報が更新される。


予定時刻が一斉に変わった。


三田村の回収失敗から、順番が繰り上がっている。


最初の対象。


榊玲奈。


彼女は十二人の生還者一覧にいない。


現在地。


第八層東部。


回収開始まで。


四十八分。


城戸征司が通信端末を掴んだ。


「玲奈へ繋げろ」


「第八層は通信障害中です」


森下が答える。


「金獅子の中継班へ撤退命令を――」


律が言い終える前に、城戸は隔離室を出た。


「城戸さん」


「待たない」


「単独で第八層へ入らないでください」


城戸は振り返らなかった。


「三田村は、お前が確認を終えるのを待った」


重い扉が閉まる。


律の通信には応答しない。


班員ではない城戸を、命令で止める権限はない。


久我が槍を肩へ担いだ。


「追うぞ」


「R―十二の入口を先に特定します」


「また証拠か」


「榊さんへ向かう回収経路が、そこから出ています」


久我は数秒、律を見る。


「今度は、何秒待つ」


律は答えず、隔離室の机へ残した水を取った。


蓋を開けた。


口元まで持ち上げ。


飲まずに、鞄へ入れた。


第七層西部。


旧遺品回収所R―十二。


未来の遺品袋は、死者を待っていない。


生きている人間を、遺品に変えるため動き始めていた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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