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第十五話 遺品は、まだ帰っていない

治療室の床に、黒い回収袋が残されていた。


血と泥で汚れ、肩紐が途中から切れている。


登録板に残っていた名前は、相馬圭太。二十九歳。四級探索者。


救助信号に登録されていた生体反応は二つ。


探索申請は三名。


「三人組です」


笹木悠斗が帰還記録を見直した。


「戻ったのは二人だけ。相馬圭太は、まだ第五層にいます」


病院へ連絡すると、救助された男は言った。


『相馬さんは死んだ。天井に挟まれた。俺たちを先に行かせて……』


「死亡を確認しましたか」


白石律が尋ねる。


『してない。でも、あの崩落で生きてるわけがない』


「では行方不明者です」


時間は死亡確認にならない。


律は回収袋の傷を調べた。


中の経路端末は右側面だけが削れ、肩紐は引きちぎられている。


真上から押し潰された損傷ではなかった。


蓮見紗季が旧施設図を開く。


崩落地点の横に、人一人が通れる保守空間が残っていた。


端末の最終位置とは十二メートルずれている。


「袋だけが先へ出た」


律が言う。


「相馬さんが、生きたまま外へ押し出した可能性があります」


北側からは入れない。


東側保守通路の壁を抜くしかない。


蓮見は振動記録を重ね、五分かけて一点を指定した。


「横幅六十センチ。高さ一メートルまで。それ以上削ったら支持柱を落とす」


久我直哉と蓮見が現場へ向かった。


律は右腕を固定したまま通信室に残る。


穿孔機が壁を削る。


二十センチで蓮見が止めた。


細い金属棒を差し込む。


向こう側へ抜けた。


穴を六十センチまで広げ、久我が先に身体を入れる。


暗い保守空間。


古い支持柱。


崩れた金属板。


その下に男が倒れていた。


右手だけが、頭上の手動固定レバーを握っている。


「相馬さん」


久我が脈を確認した。


数秒後、首を横に振る。


救助申請が遺体回収へ切り替わった。


蓮見は固定レバーを見た。


「これを引いてたから、柱が完全には落ちなかった」


二人が逃げた通路は、その反対側にある。


相馬が手を離していれば、数秒早く崩れていた。


久我は硬直した指を無理に開かなかった。


レバー側を外し、身体を回収布へ移す。


短剣。


探索者証。


壊れた誘導灯。


衣服。


一つずつ撮影して番号を付ける。


最後に壁の隙間から、小さな金属片が落ちた。


東都ダンジョンサービスの旧管理番号が刻まれた、作業端末の裏蓋だった。


「遺品とは分けて保全してください」


律が指示する。


     ◇


地上で相馬の母親へ遺品を返却した。


壊れた経路端末について、母親は処分を希望した。


所有権放棄を確認した後、律が触れる。


《廃品回収》が拾ったのは能力ではなく、破損した記録領域の読み出し手順だった。


端末から最後の音声が戻る。


『袋を持っていけ』


『相馬さんも――』


『三人で止まれば、三人とも残る』


金属が軋む。


『二人で帰れ』


音声はそこで途切れた。


母親はしばらく画面を見たあと、言った。


「それは、返してください」


律は復元した音声だけを新しい媒体へ移し、遺族へ返した。


壊れた端末は廃棄箱へ残る。


その作業を終えた時、蓮見が現場から持ち帰った旧管理端末の裏蓋を机へ置いた。


「相馬さんの端末と同じ世代」


笹木が旧仕様書を開く。


通信が切れた際、操作履歴を端末側へ一時保存する型。


最大保存時間。


十七分。


律の左手が止まった。


三年前の閉鎖時に回収された旧作業端末が、倉庫に六台残っている。


     ◇


机に六台並べた。


二台は正式に廃棄済み。


四台は壊れていても東都ダンジョンサービスの所有登録が残っている。


そのうち一台には、事故当時の設備主任が使用したことを示す赤い封印札。


「これは開けません」


律が言う。


「中に記録があるかもしれない」


蓮見が返す。


「だからです」


会社の所有権。


事故証拠。


死亡した使用者の個人記録。


三つが重なっている。


律は廃棄済みの二台だけを調べた。


一台目は、記録結晶が閉鎖前に交換されていた。


二台目は水没し、時刻保持機構だけが午後二時十七分で止まっている。


中央管理装置の完全停止は午後二時三十四分。


ちょうど十七分。


律が水没端末へ触れる。


《廃品回収》が拾った一時保存手順を使い、焼けていない領域だけを読む。


午後二時十九分。


救助信号、受信。


送信元、第五層北部補給所管理室。


受信確認、あり。


蓮見の手が止まる。


「誰かが見てる」


救助信号は届かなかったのではない。


届いて、確認されていた。


次の断片。


午後二時二十一分。


生命維持配電、手動変更。


優先対象、低代謝保全装置。


停止対象、外部救助通信。


その後に残っていた職員番号は三つ。


一つは蓮見。


一つは地上勤務だった三浦隆司。


もう一つは、水瀬結衣の父親に割り当てられていた番号だった。


赤い封印札の端末を開くには、会社、警察、遺族の同意が要る。


律は三者封印を申請した。


その日のうちに、設備主任・三浦隆司の娘から返信が来た。


――端末の開封には同意します。


続く一行で、蓮見が画面を見直した。


――ただし、父はその日、補給拠点にはいませんでした。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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