第十話 三人とも、不採用
補給拠点の倉庫に、壊れた救助用外骨格が残っていた。
両腕と背骨を金属枠で支え、崩落した瓦礫を持ち上げる装備だ。
三年前の事故で、二人を逃がすため最大出力を使い、そのまま焼き切れている。
東都ダンジョンサービスの監査担当が再利用不能と判定し、正式に廃棄した。
白石律が外骨格へ触れる。
残っていたのは怪力ではなかった。
外骨格の力を、床と壁の支点へ逃がしながら三秒だけ受け止めた構造。
《三秒荷重接続》。
自分の身体を強くする能力ではない。
硬い道具と、壊れない支点と、力の向きが必要になる。
一つでも読み違えれば、逃がせなかった荷重がそのまま身体へ戻る。
「試すの?」
蓮見紗季が聞いた。
「小さい荷重から確認します」
律は外骨格の腕部を作業台へ固定した。
壁の運搬レールへワイヤーをつなぐ。
二百キロの資材箱を、床から十センチだけ持ち上げた。
一秒。
ワイヤーの張力を腕部へ通す。
二秒。
荷重を作業台の脚へ逃がす。
三秒。
箱が静かに床へ戻った。
律の右肩に鈍い痛みが残った。
「二百キロでそれ?」
「外骨格の関節が歪んでいます」
「生身で使う能力じゃない」
「はい」
その日の午後。
第五層北側通路から緊急通信が入った。
鉄殻猪が一体、補給拠点へ向かっている。
体長四メートル。
正面の甲殻は、金獅子の魔導剣でも一撃では抜けない。
通路の先には拠点の入口がある。
治療室では二人が休んでいた。
城戸征司が大剣を抜く。
「外で迎える」
律は入口の構造を確認した。
正面で止めれば、扉ごと押し込まれる。
逃がす横道はない。
壁には物資運搬用のレール。
床には、三年前の固定環が残っている。
「城戸さん。倒す必要はありません」
「入口へ突っ込ませる気か」
「向きを変えます」
律は壊れた外骨格の片腕を運び出した。
腕部を固定環へつなぎ、鉤付きワイヤーを通路へ張る。
蓮見が接続部を見て顔をしかめる。
「固定環の耐荷重は一・八トン。あの魔物は二トンを超える」
「三秒は持ちますか」
「分からない。三年前から点検してない」
「十分です」
「十分じゃない」
鉄殻猪の足音が近づく。
壁の粉が落ちる。
城戸が通路の中央へ立ち、魔導剣を点灯した。
青い光へ鉄殻猪の頭が向く。
「白石。失敗したら扉ごと潰れるぞ」
「その場合は左へ避けてください」
「お前は?」
律は外骨格の腕部へ両手を入れた。
「外せません」
城戸が一度だけ律を見る。
それ以上は言わず、剣を振って魔物を引きつけた。
鉄殻猪が加速する。
二十メートル。
十メートル。
城戸が横へ跳ぶ。
鉄殻猪の前脚がワイヤーへ触れた。
律は《三秒荷重接続》を発動した。
一秒。
ワイヤーが張り、外骨格の腕部が軋む。
力を固定環へ流す。
鉄殻猪の進路が、わずかに左へずれた。
二秒。
床の固定環が半分抜ける。
逃がしきれない衝撃が律の右肩へ戻った。
骨ではなく、筋肉の奥で何かが裂ける。
三秒。
固定環が飛んだ。
律の身体が外骨格ごと壁へ叩きつけられる。
それでも鉄殻猪の頭は、入口ではなく側壁へ向いていた。
甲殻が石壁へ衝突する。
首元が開く。
城戸の大剣が一度だけ走った。
鉄殻猪は数歩進み、倒れた。
律は外骨格から右腕を抜けなかった。
蓮見が駆け寄り、固定具を切断する。
「指、動かして」
律は右手を開こうとした。
中指と薬指が半分しか動かない。
「もう一度使ったら?」
「腱が切れる可能性があります」
「いつ戻るの」
「医師の判断が必要です」
蓮見の声が低くなる。
「十分で戻るとか言わないで」
律は答えなかった。
診断は右肩と前腕の筋損傷。
精密作業は禁止。
《三秒荷重接続》も、回復確認まで使用禁止になった。
鉄殻猪の素材売却益は七十万円。
壊れた外壁、固定環、医療品の補充には百四十万円かかった。
拠点を守った日、収支は七十万円の赤字だった。
城戸が修理中の入口を見上げる。
「強い能力を手に入れた感想は?」
律は左手で回収袋の留め具を閉じようとした。
一度失敗し、持ち替える。
「支点が必要です」
「それだけか」
「次は、壊れない支点を先に作ります」
三秒で魔物を倒したわけではない。
三秒だけ進路を変え、城戸が倒せる場所を作った。
それでも右腕は、しばらく使えなくなった。
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