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第十一話 正しい許可証

右腕を固定したまま、白石律は監査予定表を確認した。



東都ダンジョンサービスの設備監査。



担当者二名。



入場時刻、午前十時。



電子許可証は本物だった。



蓮見紗季は、入口の映像を見ていた。



「この二人、変」



「どこがですか」



「監査なのに、工具箱が小さすぎる。旧型設備を見るなら絶縁具を持ってくる」



律は許可証を再確認した。



発行者は東都ダンジョンサービス施設運用本部。



協会の承認も通っている。



事前通知の条件も満たしていた。



「入場を拒否する根拠がありません」



「根拠がないだけで、入れるの?」



「暫定合意の条件です」



蓮見は納得しなかった。



それでも、入口を開けた。



二人の監査員は名乗った。



真壁宗一。



佐久間亮。



真壁は壊れた入口と制御盤を確認し、佐久間は管理室の端末へ接続具を挿した。



「監視記録を照合します」



律が横へ立つ。



「複製は禁止されています」



「閲覧だけです」



表示された権限も、閲覧専用だった。



そのとき、治療室から安西孝志が出てきた。



真壁の右手が動く。



工具箱から伸びた警棒が、安西の脇腹へ入った。



鈍い音。



安西が壁へ倒れる。



同時に佐久間が管理端末の背面を開いた。



閲覧用の接続具から、白い煙が噴き出す。



「笹木さん。封鎖してください」



律が通信へ告げる。



返答が一拍遅れた。



『監査中です。誤報では――』



「封鎖です」



笹木悠斗が非常扉を作動させる。



だが佐久間はすでに管理室の奥へ入っていた。



真壁が律の前へ立つ。



「右腕は使えないそうだな」



警棒を握った手が、微動だにしない。



真壁の固有技能は《握り直し》。



覚醒した頃は、落としかけた物を一度だけ握り直せる程度だった。



十二年間、警棒、盾、手すり、人間の腕に使い続けた。



今では、一度つかんだ物へ力を通し続けられる。



派手ではない。



それでも対人警護の現場では、武器を奪えないというだけで十分に強い。



「記録装置を渡せ」



「お断りします」



真壁が踏み込む。



律は左腕で警棒を受けた。



衝撃を完全には逃がせない。



骨まで響く。



二撃目を避け、真壁の手首へ指をかける。



関節制御。



真壁は警棒を離さない。



握りを支点に、自分の肘を回して律の指を外す。



能力ではなく、十二年の動きだった。



律が半歩下がる。



真壁は追わず、管理室への通路を塞いだ。



倒すことが目的ではない。



時間を稼いでいる。



律の視線が一度、管理室へ向いた。



その瞬間、真壁の蹴りが腹部へ入る。



床へ膝をつく。



右肩の固定具が壁へ当たり、傷が開いた。



「白石さん!」



片瀬美冬が安西のそばから叫ぶ。



安西は呼吸ができず、肋骨を押さえている。



片瀬の視線が律へ移る。



「こちらへ来ないでください」



律は立ち上がった。



片瀬が二人を同時に見れば、また判断が止まる。



真壁が警棒を振る。



律は避けず、左手で柄の根元をつかんだ。



真壁の《握り直し》が働く。



武器は奪えない。



だから奪わなかった。



律は警棒ごと真壁の腕を壁の配管へ押しつける。



左足で配管の非常弁を蹴った。



高圧の冷却水が噴き出す。



真壁が反射的に顔をそむける。



その一瞬だけ、握りが緩んだ。



律は真壁の親指を外側へ折り、警棒を落とす。



続けて肘を壁へ固定した。



完全に壊す前に、管理室から破裂音が響いた。



佐久間が出てくる。



手には焼けた記録核。



「終わった」



非常扉が閉まり始める。



佐久間は床へ薄い板を投げた。



板が扉の隙間へ入り、閉鎖を止める。



笹木の《封鎖》は正しく動いた。



ただし、相手も正しい止め方を知っていた。



佐久間が隙間から外へ滑り出る。



律は追おうとした。



真壁が左脚へしがみつく。



倒れたままでも、握った手を離さない。



律が足を振っても外れなかった。



佐久間の足音が遠ざかる。



数秒後、真壁は自分から手を離した。



逃げる時間を作り終えたからだ。



協会警備班が到着したとき、真壁は拘束され、佐久間は消えていた。



安西は肋骨を三本折っていた。



命に別状はないが、一か月は搬送業務へ戻れない。



管理室の記録核は、内部から焼かれていた。



三年間の監視記録には地上側の複製がある。



ただし、救助要請を受信してから解除されるまでの十七分間だけ、操作履歴が原本にしか残っていなかった。



誰が警報を見て、誰が消したのか。



その証拠が失われた。



蓮見は、焼けた記録核を見つめた。



「私、変だって言った」



律は左手で核を回収袋へ入れた。



「はい」



「許可証が本物なら、人も本物だと思った?」



「入場を拒否すれば、暫定合意を破ると判断しました」



「結果は?」



律は安西が運ばれた治療室を見る。



閉まらなかった非常扉。



焼けた記録核。



逃げた一人。



「私が入場を許可しました」



許可証は本物だった。



手続きも正しかった。



正しい手続きを使って、相手は拠点へ入った。



その日、律が失ったものは金ではなかった。



一人の職員が現場を離れ、三年間残っていた十七分が消えた。

最後までお読みいただき、ありがとうございます。


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