第94話 疑義氷解
光が、やわらかく収束していく。
世界の“再定義”は、最終段階へと移行していた。
崩壊しかけた空は繋がり、
乱れていた魔力は、静かに循環を取り戻す。
だが——
ひかりの中では、別の“再構築”が進んでいた。
⸻
隣に立つ黒騎士。
黒崎。
かつての上司。
そして——
自分が、本当に尊敬していた人。
ひかりは、静かに口を開いた。
「……黒崎さん」
その呼び方に、もう迷いはなかった。
「どうして……グランと……」
少し言葉に詰まる。
「……分霊体のグランと、行動を共にしてるのは何故なんですか?」
黒崎は、すぐには答えなかった。
ただ、前を見つめる。
世界が書き換わる、その中心を。
そして——
「……それが正しいと信じるからだ」
低く、静かな声。
ひかりは、息を呑む。
「……正しい……?」
「ああ」
短く、肯定する。
「今は、分からないかもしれない」
その言葉に、かつての記憶が重なる。
⸻
『なあ、円城寺』
『お前は分かっているだろう』
『賢いからな』
『だから目をかけている』
⸻
——あの言葉。
あの時は、怖かった。
見透かされているようで。
試されているようで。
だが——
今なら、分かる。
(あれは——)
信頼だった。
期待だった。
ひかりの胸が、熱くなる。
「……黒崎さんは……」
声が、震える。
「ずっと……私のこと……見てくれてたんですね」
黒崎は、何も言わない。
だが、その沈黙が——答えだった。
⸻
その時。
ひかりの脳裏に、もう一つの“記憶”が浮かぶ。
「バカな老人だ」
嘲笑する声。
「損しても俺のことを庇うんだからな。めでたいもんだ」
後輩が笑う。
「休憩室代わりに、あの人の家利用してますよね」
「あぁ、外回りで喫茶店代わりに休ませてもらってるよ——」
⸻
ひかりの目が、見開かれる。
(……違う……)
(これは——)
黒崎さんの記憶じゃない。
こんなことを言う人じゃない。
こんな風に、人を利用する人じゃない。
これは——
「……神谷くん?……」
はっきりと、理解する。
記憶が、繋がる。
歪められていた真実が、元に戻る。
「……全部……入れ替えられてた……」
黒崎の誠実さ。
神谷の冷酷さ。
それが——逆に刷り込まれていた。
ひかりの拳が、震える。
だが同時に——
確かな想いが、胸に蘇る。
「……私……」
小さく、呟く。
「黒崎さんのこと……憧れてた……」
そして——
(……好きだった……)
もう、迷いはない。
黒崎は、ほんのわずかに目を細めた。
だが、それ以上は何も言わない。
ただ——
「……きっと、円城寺なら分かると思った」
静かに、それだけを告げた。
⸻
ひかりは、前を向く。
そして——もう一つの疑問を口にした。
「……でも、あのグランは……」
あの言葉が、忘れられない。
⸻
『選んでもらう』
『守るか、壊すか、均衡を受け入れるか』
『それとも、理想を貫くか』
『世界はね、円城寺ひかり』
『優しさだけでは回らないのさ』
⸻
胸が、締め付けられる。
正しい。
きっと、正しい。
だが——
それでも。
「……私は」
ひかりの目に、強い光が宿る。
「それでも……優しさを捨てたくない」
黒崎が、横目で見る。
ひかりは、続けた。
「守るために傷つけることがあるのは分かってる」
「でも……」
一歩、前へ出る。
「それを“当然”にしたくない」
その言葉。
その覚悟。
黒崎の瞳に、わずかな光が宿る。
「……そうか」
短く、頷く。
「なら、それでいい」
否定はしない。
押し付けもしない。
ただ——
認める。
⸻
その瞬間。
光が、大きく脈動した。
つむぎとリリアス。
二つの理が、完全に重なり合う。
『——最終同期、完了』
『——再構築プロセス、最終段階へ移行』
世界が、震える。
空が、光に満たされる。
ひかりの身体が、さらに引き寄せられる。
中心へ。
“選択の場”へ。
「……来るぞ」
黒崎が、低く言う。
ひかりは、頷いた。
「……はい」
もう、迷わない。
過去も。
痛みも。
全部、受け入れて——
それでも、前へ進む。
黒崎が、静かに呟く。
「……見せてもらう」
「お前の選ぶ“理”を」
⸻
光が、弾けた。
世界が、息を呑む。
そして——
すべての答えが、明かされる瞬間が迫っていた。




