第93話 黒騎士の記憶
光が——収束していく。
紅と蒼。
二つの存在が、世界の中心で交わりながら“理”を書き換えている。
その輝きは、あまりにも強く——
あまりにも、優しかった。
その時、ひかりの身体が——ふわりと浮いた。
「……え?」
足が、地面を離れる。
抗えない力。
まるで、呼ばれているかのように。
光の中心へと、引き寄せられていく。
「ひかりさん!?」
ひよりが、慌てて腕を掴む。
「ダメ!!行っちゃダメ!!」
だが——止まらない。
引力。
いや、“接続”。
ひかり自身が、この再構築に“必要な何か”として呼ばれている。
ひかりの目が揺れる。
「……なんで……」
ひよりは必死で腕を掴むが、ひかりの身体は光に吸い込まれていく。
ヴァルドに助けを求めるが、それより早く、黒い影が動いた。
黒騎士アークレイン。
迷いなく、光に向かって踏み込む。
そして——
ひかりの身体を掴んだまま、共に光へと飛び込んだ。
「——っ!?」
ひよりの手が、空を切る。
「ひかりさん!!」
⸻
光の中。
音が、消える。
時間も、距離も——存在しない空間。
そこに、二人は立っていた。
「……ここは……」
ひかりが、呟く。
隣に立つ、黒騎士。
ゆっくりと、視線が合わさった。
見慣れた顔。
だが、忘れていた顔。
「……黒崎……本部長……」
その男は、静かに答えた。
「……その名は捨てた」
⸻
沈黙して見つめ合う二人。
話し掛けようとした瞬間、ひかりの頭に光が落ちた。
——ズキンッ!!
「っ……あ……!!」
視界が、弾ける。
記憶が——流れ込む。
⸻
銀行の窓口。
慌ただしい日常。
ロビーに響く、怒鳴り声。
「金を返せ!!」
高齢の顧客が、女性職員に、通帳を叩きつける。
その背後で——
神谷が、冷たい目で見ていた。
上司の前で説明している。
「契約は成立してますので」
機械的な声。
責任を押し付けるような対応。
ひかりの胸が、ざわつく。
(……こんなの……おかしい……)
だが——
声を上げられなかった。
その時、一人の男が、前に出た。
「……私が対応します」
黒崎だった。
顧客の目を見る。
真っ直ぐに。
「申し訳ありません」
頭を下げる。
逃げない。
誤魔化さない。
真正面から、受け止める。
その姿に——
顧客の怒りが、わずかに揺らぐ。
(……この人……)
ひかりの心が、動いた。
怖い人だと思っていた。
厳しい上司だと思っていた。
だが——違った。
誰よりも、誠実だった。
誰よりも、守ろうとしていた。
⸻
場面が、変わる。
夜。
閉店後。
誰もいないフロア。
黒崎が、一人で書類を見ている。
ため息。
そして——
「……これ以上、無理な営業はさせない」
小さく、呟いた。
部下を守ろうとしていた。
顧客を守ろうとしていた。
だが——
それは、営業成績を追求する上層部と衝突する。
———
そして——あの日。
窓口に、あの顧客が、再び現れた。
だが、その手には——包丁。
「……返せ……俺の金……」
歪んだ声。
一直線に——神谷へ。
ひかりの身体が、凍る。
(……危ない……!!)
その瞬間。
黒崎が、動いた。
間に入る。
迷いなく。
「やめろ!!」
刃が——
胸に、突き刺さる。
「……っ……」
血。
崩れる身体。
ひかりの叫び。
「課長!!」
黒崎は、最後に——
ひかりを見た。
そして、わずかに笑った。
「……無事か……」
それだけだった。
栄転で本部長になる筈だった。
誰からも信頼され、愛され、期待されていた。
だが、黒崎は息を吹き返すこと無く人生の幕を下ろした……。
⸻
記憶が、途切れる。
現実。
光の中。
ひかりは、震えていた。
「……なんで……忘れてたの……」
涙が、溢れる。
黒崎は、静かに言った。
「神谷だ」
「お前の記憶を、歪めたのは」
ひかりが、顔を上げる。
「……え……?」
「都合が悪かったんだろう」
「自分の罪が、露見するのが」
淡々とした声。
ひかりの胸が、締め付けられる。
「……私……」
「ずっと……誤解してた……」
黒崎を嫌っていた。
怖がっていた。
だが——違った。
守られていた。
ずっと。
「……どうして……」
ひかりが問う。
「どうして……ここにいるの……」
黒崎は、少しだけ空を見上げた。
「……分からん」
「気がついたら、この世界にいた」
「記憶はあった」
「身体は、別のものになっていた」
黒い鎧を見る。
「黒騎士アークレインとしてな」
「転生……?」
「……だろうな」
誰が、何のために。
それは——分からない。
「……だが」
黒崎は、ひかりを見る。
「意味はある」
「だから、ここにいる」
その目は、変わらない。
真っ直ぐで。
強くて。
優しい。
ひかりの涙が、止まらない。
「……私……」
「あなたのこと……好きだった……」
ようやく、言えた。
ずっと、言えなかった言葉。
黒崎は、少しだけ目を細めた。
「……そうか」
それだけ。
だが——
どこか、救われたような顔だった。
その時、光が、強く脈動した。
つむぎと、リリアスの再構築。
最終段階。
世界が——完成へと向かう。
黒崎が、言う。
「行くぞ」
ひかりが、涙を拭く。
「……はい」
二人は、同時に前を向いた。
それぞれの過去を背負いながら。
それでも、未来へ進むために。
光が、すべてを包み込む。
そして——
世界は、再び“動き出す”。




