第90話 終局の凍結
ルーメリア。
空が、軋んでいた。
歪んだ光。
裂けた空間。
その中心で——
戦いは、まだ続いていた。
⸻
リリアスと、ヴァルド。
そして——ぽにゃ。
三つの力が、神谷とΛ—Ωへと対峙している。
だが——
神谷が、舌打ちする。
「……終わらんか……この茶番は」
苛立ちを隠さず、手を掲げる。
「Λ—Ω」
命令。
「敵を殲滅しろ」
『………』
——応答が、ない。
神谷の眉が、わずかに動く。
「……どうした?」
もう一度。
「Λ—Ω、攻撃しろ」
沈黙。
光は、ただ——揺れているだけ。
まるで、意志を失ったように。
神谷の顔色が変わる。
「……おい」
視線が走る。
つむぎがいたはずの場所。
——いない。
「……消えた?」
あり得ない。
あの統合状態から——消えるなど。
理解が、追いつかない。
⸻
リリアスが、静かに口を開いた。
「……もう終わりじゃ」
神谷が振り向く。
「何を——」
リリアスの瞳は、穏やかだった。
「その機械は、もはや“ただの箱”じゃ」
「役目を終えた、ガラクタだ」
神谷の顔が、歪む。
「ふざけるな!!」
「Λ—Ω!!応答しろ!!」
叫び。
だが——
何も、返らない。
『——』
無音。
完全な沈黙。
神谷の喉が、乾く。
「……あり得ない……」
ヴァルドが、低く問う。
「魔王……これは……」
リリアスは、わずかに笑った。
「終わったのじゃ」
「すべてな」
そして。
静かに続ける。
「つむぎの“選択”が——この世界を救った」
その言葉に、ヴァルドの目が揺れる。
「……つむぎ殿……」
リリアスが横目で見る。
「お主の先祖は——大したものだな」
ヴァルドが、固まる。
「……は?」
「つむぎ殿が……?」
だが、その言葉は深く刺さる。
血の繋がり。
意思の継承。
戦わなかった少女が未来を繋いだ。
⸻
リリアスが、ゆっくりと神谷へ視線を戻す。
「さて」
その声音が、冷える。
「イグナート」
神谷の肩が、微かに震える。
「どうする?」
神谷は、しばし沈黙し——
やがて、笑った。
乾いた笑い。
「……はは……」
「なるほどな……」
ゆっくりと、後退する。
「いいだろう」
目は、まだ死んでいない。
「この機体は一人乗りだった」
「つまり……別の機体がこの世界のどこかにあるはずだ」
「それを探す」
狂気の執念。
「まだ終わっていない」
踵を返す。
その瞬間——
「させぬよ」
リリアスの声。
——パチン。
指が鳴る。
次の瞬間。
「ぐはっ……!!」
神谷の体が、凍りついた。
氷。
否。
“封印”。
透明な結晶が、一瞬で全身を包み込む。
その姿は、かつてのリリアスと、同じ。
完全封印。
時間すら、閉じ込める檻。
「イグナート様!!」
セレナが駆け寄る。
氷の中の神谷は、動かない。
意識はある。
だが、何もできない。
完全な拘束。
セレナは、震える手で触れる。
頬を、押し当てる。
「……そんな……」
リリアスと同じく、その姿は裸だった。
生まれたままの姿。
リリアスが、淡々と説明する。
「その中では死なぬ」
「だが保存されるのは、純粋な本人のDNA情報のみ」
「衣服などの外部情報は邪魔になるのでな」
「故に——産まれたままの姿となる」
冷酷な事実。
永遠の檻。
セレナが、叫ぶ。
「お願い!!封印を解いて!!」
涙が零れる。
だが、リリアスは、首を横に振った。
「殺しはせぬ」
静かな声。
「この者の背後関係も知る必要があるのでな」
セリナに一歩、近づく。
「この者の処遇は——お主に委ねる」
セレナが、息を呑む。
「……私に……?」
リリアスは頷く。
「条件がある」
沈黙。
「魔物を元の在り方へ戻す方法」
「それを——ひかりたちに伝えよ」
セレナの瞳が揺れる。
葛藤。
だが、氷の中の神谷を見る。
そして——
目を閉じた。
「……分かったわ」
小さく、だが、確かな声。
「教える」
その時、空間が、揺れた。
転移の光。
白い輝きが弾ける。
現れたのは——
ひかり。
ひより。
そして——
つむぎ。
リリアスが、静かに目を細める。
「……レグルトは飛ばされたのだな……だが、良く帰ってきた」
その声には、わずかな安堵があった。
世界は、まだ——終わっていない。
だが。
確かに、一つの戦いは終わった。
そして——
次の“再生”が、始まろうとしていた。




