第87話 データセンター
セリオスによって扉が開かれた巨大な構造体。
氷に覆われた人工物。
山のように聳え立つそれは、確かに圧倒的な存在感があった。
ひかりは息を呑む。
「……この中にあるのね……」
セリオスは、静かに首を振った。
ひよりが眉をひそめる。
「ここにあるのは目印に過ぎぬ」
セリオスの視線が鋭くなる。
「真の演算核は——人の目には視えぬ」
セリオスは淡々と告げた。
「データセンターへの入口は、魔力封印してある」
レグルトが低く呟く。
「隠蔽魔法のようなものですか?」
「位相をずらし、認識そのものを遮断しておるが、そこにあっても、辿り着けぬ。そこが隠蔽魔法との違いだ」
ひかりが懇願する。
「お願い。仲間を救いたいの。封印を解いて」
セリオスが振り返る。
その瞳は、わずかに鋭い。
「本来は、何人たりとも入れぬ」
断言する。
だが、続ける。
「だが今は状況が違う」
一歩、踏み出しセリオスは言った。
「我が導く」
⸻
構造体の前。
氷の壁。
何の変哲もない、ただの“壁”。
だが——
セリオスが手をかざした瞬間。
世界が、歪んだ。
ピキンッ
空間に、亀裂が走る。
ひかりが息を呑む。
「……なに……これ……」
見えてはいけないものが、見えている。
重なっている。
“別の空間”が。
セリオスの声が低く響く。
「認識せよ」
「ここに“ある”と」
その言葉と同時に——
景色が、剥がれた。
⸻
そこにあったのは無数の塔。
積み上がる演算装置。
幾何学的に配置されたサーバーラック。
蒼白い光が脈動し、熱が空気を歪ませている。
外の極寒が、ようやく意味を持つ。
ひかりの目が見開かれる。
「……データセンター……」
それは元の世界にあった人類の文明だった。
この世界に存在してはいけないレベルの、知の塊。
レグルトが低く唸る。
「……これ全部が……Λ—Ωの頭脳か……」
セリオスが頷く。
「そうだ」
「ここが、根源の巣」
だが、その瞬間。
ゴゴゴ……と低い振動が響く。
ひよりが顔を上げる。
「……何か来る!」
床が、波打つ。
データセンターが、警戒している。
『——侵入認識』
無機質な声。
『——封印層、異常』
『——排除プロトコル、起動』
光が走る。
次の瞬間——
それは空間から現れた。
(兵器?)
半透明。
実体と非実体の中間。
対侵入者用の守護機構。
レグルトに向かって一直線に迷いなく進んでくる。
ひかりが叫ぶ。
「セリオス!止めて!ヤバいの来た!!」
だが、セリオスは動かない。
「なっ、何やってるの!早く止めて!!」
半透明の守護機構はレグルトの身体をすり抜けて元の場所に静かに戻った。
「……!?」
レグルトの身体には何の外傷もない。
しかし……直後。
レグルトは姿を消した。
全くの無音。
非現実的な光景だった。
「レグルト!」
セリオスが静かに言う。
「大丈夫だ。死んではいない」
「記憶を消されて飛ばされただけだ」
「……この場所は選ばれた者しか留まれない。野心のある者は排除される」
ひかりが驚く。
「え?…でも、レグルトは野心なんてないでしょ!」
「装置を使って、時空を越えようと試みる要素を持った者の事だ」
「過去を変えたい者、未来を変えたい者、理由はそれぞれだ」
「愛する存在を亡くした者が、過去に戻ってやり直したがるなら排除せねばならん」
ひかりは呟く。
「レグルトはミリアさんの事を……」
だが、立ち止まっている時間はない。
ひよりが叫ぶ。
「どうすればいいの!?」
セリオスは短く答えた。
「我の後ろに立て」
そこに立った瞬間光が差し込んだ。
ひかりの喉が渇く。
視線の先。
サーバーラックが確かに見えた。
あれを破壊すれば——終わる。
つむぎを救える。
ひかりが叫ぶ。
「行くよ!!」
人は、抗う。
平和な未来を、取り戻すために。




