第83話 人工知能の弱点
光の中で、つむぎが“何か”と対峙している。
時間が止まったまま。
世界が選択を待っている。
その中で——
ひかりの思考だけが、必死に回っていた。
(……このままじゃ、つむぎが取り込まれる)
(何か……何か弱点は……)
視界の端で、Λ—Ωが脈打つ。
膨大な情報処理。
無限の計算。
最適化。
その瞬間——
ひかりの脳裏に、全く別の光景がよぎった。
⸻
銀行の会議室。
ホワイトボード。
スーツ姿の講師。
『バランス運用が大切です』
『一つの資産に集中するのではなく、分散することでリスクを抑えられるのです』
伝統的な投資先の3つ。
株式。
債券。
リート(不動産投資信託)
『リートは最近パフォーマンスが悪いように思うんですが……』
誰かが質問する。
『確かにそうですね。ですが、投資信託は長期の資産形成に資する金融商品です。短期的な値動きでなく、長期で考えてください』
『リート(不動産投資信託)は、投資家の皆さまから集めた資金で不動産に投資します。オフィスビル、商業施設、住居、データセンター等に投資して、その賃料収入を還元する仕組みです』
『特に今後注目なのがデータセンターです』
『AI時代ではサーバーが膨大な熱を出す』
『それを冷却するための施設が不可欠になる、そう言った意味でも長期投資ではリート(不動産投資信託)に分散投資する意義もあると考えます』
⸻
ひかりの目が見開かれる。
(……熱……?)
現実に引き戻される。
Λ—Ωの光。
あの異常な計算量。
(これ……絶対に熱出てる)
(むしろ……出ないわけがない)
呼吸が速くなる。
(どこで冷やしてるの……?)
この世界には電力インフラがない。
だが——動いている。
つまり。
(……何らかの通信手段があるの?)
(そして、どこかに“処理施設”がある)
ひかりの脳裏に浮かぶ場所。
(……寒い場所)
(熱を逃がすには最適な環境)
ひよりが、叫ぶ。
「ひかりさん!何かわかったの!?」
ひかりは顔を上げた。
「……ある」
「こいつ……冷やさないと壊れる」
その一言で、空気が変わる。
リリアスが、ふっと笑った。
「気づいたか」
全員が振り向く。
リリアスの瞳が、楽しげに細められている。
「その通りじゃ」
「この時代の通信は“魔鏡”を介しておる」
「演算核は——別の場所にある」
ひよりの心臓が跳ねる。
「……どこ!?」
リリアスは、あっさり答えた。
「フロストリアじゃ」
凍土の国。
極寒の地。
ひかりの予想が、確信に変わる。
「やっぱり……!」
レグルトが叫ぶ。
「じゃあ、そこを壊せば——!」
リリアスは頷いた。
「Λ—Ωは、機能停止する」
だが。
ひかりの顔が曇る。
「でも……」
「間に合わない」
つむぎは今まさに取り込まれようとしている。
ここからフロストリアまで移動している時間は——ない。
その時、リリアスが、一歩前に出た。
「案ずるな」
静かな声。
「わらわが復活した今——」
空間が、わずかに歪む。
「転移の妨害は、消えた」
ひかりが息を呑む。
「……つまり?」
リリアスが笑う。
「飛ばしてやる、と言っておる」
その一言で、全員の表情が変わる。
希望。
だが同時に、決断をしなければいけない。
誰かが行かなければならない。
誰かが残らなければならない。
リリアスは言った。
「その間——」
ちらりと、神谷を見る。
「わらわと、あの獣で足止めする」
ぽにゃが、強く光る。
意思を持つように。
「ワンワン!」
短い鳴き声。
だが、それは明確な“同意”だった。
リリアスの声が、鋭くなる。
「決めよ。誰が行く」
ひよりが、前に出た。
「私が行きます」
迷いはなかった。
「ヴァルド将軍。ここを、お願いします」
視線が交わる。
ひよりは続ける。
「つむぎちゃんを、絶対に守ってください」
ヴァルドは、短く頷いた。
「任せろ」
「レグルトさん」
「はい!」
「ひかりさん!」
「もちろん行くよ」
ひかりは笑う。
「行こう」
その瞬間。
Λ—Ωの光が、さらに強まる。
『——統合プロセス:再開』
つむぎの体が、沈み込むように光へ溶けていく。
時間が、ない。
リリアスが、手を掲げた。
「行け」
空間が裂ける。
転移陣。
その先は——
白い世界。
凍てつく大地。
「フロストリアじゃ」
ひよりは、一歩踏み出した。
振り返らない。
「絶対、止める」
その言葉を残して——
三人の姿が、光に呑まれた。
⸻
残された空間。
リリアスと、ヴァルド。
そして——
ぽにゃ。
神谷が、ゆっくりと笑った。
「仲間を見捨てて逃げたか」
だが、リリアスは笑う。
「違うな」
一歩、踏み出す。
空間が軋む。
「信頼しておるのじゃ」
その瞳が、燃える。
「さて——」
ぽにゃが、隣に並ぶ。
光を放ちながら。
「ぽにゃ」
リリアスは、低く告げた。
「時間稼ぎといこうか」
その瞬間。
魔王と“対抗因子”が、同時に動いた。
神谷とΛ—Ωへ向かって。




