表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第八章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

76/95

第76話 氷の魔王

 衝突は、終わっていた。


 空間を引き裂いていた歪みも、黒い霧も、ゆっくりと収束していく。


 あれほどまでに世界を侵していた“目”は、今は閉じられ、気配だけが遠く、深く沈んでいくのが分かった。


 静寂。


 あまりにも、不自然な静けさ。


 ひよりは、腕の中のぽにゃを見つめていた。


「……ぽにゃ」


 呼びかける。


 だが、返事はない。


 小さな体は温かい。


 鼓動も、微かに感じる。


 けれど——


 “起きない”。


 ひかりが、そっと隣に来た。


「……大丈夫だよ」


 優しく言う。


「きっと、力を使いすぎただけ」


 そう信じるしかない。


 ひよりは、静かに頷いた。


「……うん」


 ヴァルドは、剣を肩に担ぎながら谷を見下ろしていた。


「……まだ終わっていないな」


 その言葉に、全員が無言で同意する。


 あれは、押し返しただけ。


 消えたわけではない。


 むしろ——


 “近づいた”。


 その時だった。


 リリアスが、くるりと背を向ける。


「ゆくぞ」


 短い一言。


 全員が顔を上げる。


「今のうちに、麓まで行くのじゃ」


 その声音には、いつもの余裕さは無かった。

 そして——


 ほんのわずかに、迷いが混じっている。


 誰も逆らわなかった。


 むしろ、従うしかなかった。


 今、あの場に留まるという選択肢は、存在しない。



 一行は、谷へと向かった。


 沈んだ王国ルーメリア。


 その中心へ。


 崩れた地形。


 裂けた大地。


 瓦礫に埋もれた街。


 かつて栄えていた王国の面影は、ほとんど残っていない。


 だが——


 確かにそこに“都市”があった痕跡だけが、静かに主張していた。


 進むにつれて、空気が変わる。


 冷たい。


 重い。


 そして——


 “深い”。


 まるで、地上ではない別の世界に足を踏み入れているような感覚。


 つむぎが、ぽつりと呟く。


「……空間が歪んでいる」


 リリアスが頷いた。


「そうじゃ」


「ここは、境目じゃからな」


 境目。


 その言葉の意味を、誰も完全には理解できない。


 だが——


 理解できなくても、感じていた。


 ここから先は、もう“人の領域ではない”。



 やがて。


 一行は、王都だったであろう中心地へ辿り着く。


 そこには——


 “回廊”があった。


 円形の広場。


 その中央に、ぽっかりと開いた穴。


 だが、ただの穴ではない。


 石で造られた、螺旋状の通路。


 下へ、下へと続いている。


 人工物。


 だが、その造りは異質だった。


 古い。


 あまりにも古すぎる。


 時間の概念から外れているような、歪な存在感。


 レグルトが息を呑む。


「……こんなものが……」


 リリアスが答える。


「元からあったものじゃ」


「ルーメリアは、その上に築かれただけに過ぎぬ」


 ひよりの背筋に寒気が走る。


(最初から……ここは……)


 リリアスが、回廊の入口に立つ。


「降りるぞ」


 その一言で、決まった。


 降下は、静かだった。


 螺旋を描きながら、ただひたすらに下へ。


 一歩、また一歩。


 光が消えていく。


 温度が下がる。


 音が消える。


 まるで、世界から切り離されていくようだった。


 どれほど降りただろうか。


 時間の感覚が曖昧になる頃。


 ついに——


 それは現れた。


 巨大な門。


 圧倒的な存在感。


 高さは十メートルを優に超える。


 黒い石で造られ、表面には見たことのない紋様が刻まれている。


 それは文字のようでいて、意味を持たない。


 見る者の認識を拒絶する“何か”。


 リリアスが、その前で立ち止まる。


「……ここじゃ」


 振り返る。


 赤い瞳が、全員を見た。


「本当にやるのだな」


 一拍。


「覚悟は良いか?」


 重い問い。


 誰も、すぐには答えられない。


 だが——


 ひかりが、一歩前に出た。


「……ここまで来て、戻るなんて無理でしょ」


 苦笑しながら言う。


 ひよりも、小さく頷いた。


「うん」


 つむぎは、何も言わない。


 ただ、静かに前を見ている。


 ヴァルドは、剣を握り直した。


「進むだけだ」


 リリアスが、満足そうに笑った。


「よい」


「ならば——」


 その手が、門に触れる。


 ギィ……


 重い音。


 門が、ゆっくりと開いていく。


 光。


 眩い光が、内側から溢れ出した。


 思わず、目を細める。


 だが、それはただの光ではない。


 温かい。


 優しい。


 そして——


 どこか、懐かしい。


 一行は、導かれるように中へ入った。



 そこは——


 “静止した世界”だった。


 広い空間。


 天井は見えない。


 壁も、境界も曖昧。


 ただ、中央に——


 “それ”があった。


 氷。


 巨大な氷塊。


 透明で、純粋で、穢れのない結晶。


 その中に——


 一人の存在が、眠っていた。


 裸体の女性。


 息を呑むほどに、美しい。


 整いすぎた顔立ち。


 閉じられた瞳。


 静かに眠る表情。


 その全てが、神聖で、侵しがたい。


 ひよりの思考が、止まる。


(……なに、これ……)


 言葉が、出ない。


 美しい、という言葉では足りない。


 綺麗という言葉では表せない。


 そんな単純なものではない。


 “存在そのものが完成している”。


 そうとしか言えない。


 ひかりが、呟く。


「……女神……?」


 誰も否定できなかった。


 そして。


 リリアスが、静かに言った。


「それが——」


「本体じゃ」


 ひよりの心臓が、大きく跳ねる。


「……え」


 ゆっくりと、氷の中の存在を見る。


 そして——


 理解する。


 顔。


 雰囲気。


 存在の気配。


 これは……リリアス。


 今、目の前にいる魔王と同じ存在。


 リリアスが、軽く肩をすくめる。


「わらわが案内できるのは、ここまでじゃ」


 その声は、どこか遠い。


 次の瞬間、彼女の姿が、揺らいだ。


「え……?」


 ひかりが手を伸ばす。


 だが——


 触れられない。


 リリアスの体が、光の粒になっていく。


 分霊。


 仮初の存在。


 それが、役目を終えたかのように。


「……あとは、お主らで決めよ」


「ひかり……いちご大福、美味じゃったぞ」


 最後に、それだけ言った。


 そして——


 消えた。


「なによ……女子会するんじゃ無かったの!」


「勝手に消えないでよ……」


 ひかりの目にうっすらと涙が溢れた。


 悲しみが込み上げてくる中での完全な静寂。


 残されたのは。


 氷の中の“本体”と。


 その美しさに、呑まれた者たち。


 ひかりが、一歩踏み出す。


 無意識だった。


 リリアスに語りたい気持ちが優ったのかもしれない。


 近づく。


 氷へ。


 視線が、吸い寄せられる。


 心が、引き寄せられる。


 抗えない。


「……好き」


 ぽつりと、零れた。


 自分でも理解できない言葉。


 だが——


 確かに、そう思った。


 触れたい。


 近づきたい。


 もっと、見たい。


 氷の奥の瞳が——


 わずかに、揺れた気がした。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ