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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第七章

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第73話 つむぎの躾

 地面の奥で、何かが蠢いている。


 ルーメリアの谷。


 黒い霧が渦を巻き、空間そのものが歪み始めていた。


 その異変を前にしても——


 最初に動いたのは、人だった。



 つむぎの手が、すっと離れる。


 ヴァルドの手首から。


 ほんの一瞬。


 本当に、一瞬の隙。


 その瞬間だった。


 ガンッ!!


 地面が弾ける。


 ヴァルドが踏み込んでいた。


 速い。


 もはや視認できない領域。


 剣聖の一撃が、一直線に深層の民へ向かう。


「斬る」


 短い宣言。


 迷いは一切ない。


 だが。


 その軌道の先に——


 影が差し込んだ。


 次の瞬間。


 ヴァルドの視界が反転した。


 ドンッ!!


 衝撃。


 身体が宙を舞う。


 地面を滑り、石を砕きながら数メートル後方へ叩きつけられた。


 静寂。


 ひかりの目が見開かれる。


「……え」


 何が起きたのか、理解が追いつかない。


 そこに立っていたのは——


 つむぎだった。


 片足を、ゆっくりと下ろす。


 回し蹴りの残心。


 無駄のない軌道。


 美しいほど正確な一撃。


 ひかりの声が震える。


「つむぎ……?」


 ひよりも、言葉を失っていた。


「……嘘」


「つむぎちゃん……」


 思い出す。


 彼女は言っていた。


 “人を傷つけるのが怖い”と。


 なのに——


 今の一撃は、完全な攻撃だった。


 ヴァルドがゆっくりと起き上がる。


 口の端から血が流れていた。


 だが、その目はまだ死んでいない。


「……やるな」


 低く呟く。


「だが、邪魔をするな」


 つむぎは答えない。


 ただ、構えた。


 静かな構え。


 だが。


 その場の誰もが理解した。


 “格が違う”と。


 ヴァルドが踏み込む。


 今度は剣ではない。


 拳。


 純粋な打撃。


 剣聖の身体能力をそのまま叩き込む一撃。


 だが——


 つむぎは動かない。


 次の瞬間。


 バシッ!!


 乾いた音。


 ヴァルドの拳が、逸らされていた。


 最小限の動き。


 最短距離。


 そして。


 ドンッ!!


 正拳突き。


 腹部にめり込む。


「がっ……!」


 ヴァルドの呼吸が止まる。


 身体がくの字に折れる。


 間髪入れない。


 バシッ!!


 ローキック。


 軸足の外側。


 だが——


 次の瞬間。


 軌道が変わる。


 外蹴り——からの内蹴り。


 フェイント。


 完全に読ませて、裏を取る。


 ゴッ!!


 鈍い音。


 ヴァルドの足が崩れる。


「……くっ!」


 苦悶の表情。


 だが倒れない。


 剣聖としての意地。


 だが——


 つむぎは止まらない。


 回転。


 重心移動。


 そして。


 バシィッ!!


 ハイキック。


 ヴァルドの視界が揺れる。


 身体が大きくよろめいた。


 ひよりが思わず叫ぶ。


「……やりすぎ……!」


 だが。


 つむぎの目は変わらない。


 冷静。


 静か。


 そして——


 揺るがない。


 リリアスが、くつくつと笑った。


「ほれ見ろ」


 ひかりに向かって言う。


「親が子を躾けるようなものじゃ」


 ひかりが息を呑む。


「……躾……?」


 ひよりの中で、何かが繋がる。


(そうか……ヴァルドは……つむぎちゃんの……子孫)


 ヴァルドが再び踏み込む。


 だが、足がわずかに遅れる。


 ダメージ。


 確実に蓄積している。


 つむぎは、それを見逃さない。


 スッ


 踏み込み。


 コンッ


 軽い音。


 掌底。


 顎。


 視界が跳ねる。


 そのまま。


 ドンッ


 身体が崩れた。


 膝が地面につく。


 剣聖が、ヴァルドが片膝をついていた。


 沈黙。


 レグルトが呟く。


「……あり得ない」


 セレナも息を呑む。


「剣聖が……一方的に……」


 ひかりは、ただ見ていた。


 言葉が出ない。


 つむぎは、静かに言った。


「終わり」


 その声には、怒りもない。


 ただ——


 意思だけがあった。


「もう、戦わないで」


 ヴァルドは、しばらく動かなかった。


 やがて、ゆっくりと顔を上げる。


 その目は完全に、戦意を失っていた。


「……なるほどな」


 小さく笑う。


「あんたには勝てん」


 潔い一言だった。


 つむぎは、構えを解いた。


 その瞬間。


 空気がわずかに緩む。


 だが——


 ゴゴゴゴゴ……


 地面の奥からの振動は、止まらない。


 むしろ、強くなっている。


 リリアスが空を見上げた。


 赤い瞳が細くなる。


「さて」


「躾は終わりじゃ」


 そして静かに続けた。


「本番が来るぞ」


 ルーメリアの谷の底。


 黒い霧の中で——


 “何か”が、完全に目を開いた。

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