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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第七章

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第72話 深層の声

 空気が、張りつめていた。


 街道の上。


 沈んだ王国ルーメリアを背にして、二つの存在が対峙している。


 一方は、剣を止められた剣聖ヴァルド。


 もう一方は、谷底から這い上がってきた魔物たち。


 そして、その間に立つのは——つむぎだった。


 彼女の細い腕が、ヴァルドの手首を掴んでいる。


 だが、その拘束は絶対だった。


 筋肉の膨張も、魔力の流動も、すべてが封じられている。


 ヴァルドが低く唸る。


「……離せ」


「奴らは敵だ」


 つむぎは首を横に振る。


「違う」


 短い否定。


 だが、その声には確信があった。


 その時だった。


 魔物の一体が、一歩前に出る。


 重たい足音。


 大地がわずかに沈む。


 赤い目が、まっすぐにこちらを見ていた。


「……ヒト」


 低く、濁った声。


 だが、はっきりとした意思があった。


 ひよりが思わず息を呑む。


「言葉を……理解してる」


 魔物はゆっくりと口を開いた。


「……変わらぬな」


 その言葉に、ひかりが眉をひそめる。


「何が……?」


 魔物は答えない。


 ただ、視線を移した。


 リリアスへ。


 魔王は、微笑んでいた。


「久しいの」


 まるで旧友に会ったかのような声音。


 レグルトが困惑する。


「魔王様……いったい……」


 リリアスは軽く肩をすくめた。


「そう警戒するでない」


「話が通じる相手じゃ」


 ヴァルドが吐き捨てる。


「魔物に話など通じるものか」


 だが、その言葉を遮るように。


 魔物が、静かに言った。


「……我らを」


 一拍。


「まだ、“魔物”と呼ぶか」


 沈黙が落ちた。


 ひよりの胸がざわつく。


 その言葉には、確かな“感情”があった。


 怒りではない。


 悲しみでもない。


 もっと深い、何か。


 つむぎが、ぽつりと呟く。


「……違う」


 全員の視線が集まる。


 つむぎは魔物を見ていた。


 いや、正確には——その奥。


 存在の“芯”を見ていた。


「この人たち」


「魔物じゃない」


 ヴァルドが反射的に否定する。


「何を言っている!」


「魔力の質が明らかに——」


「違う」


 つむぎは即座に遮った。


 その声は静かだが、揺るがない。


「魔力じゃない」


「もっと……違うもの」


 その時。


 リリアスが、くつくつと笑った。


「見えておるか」


 つむぎは答えない。


 だが、視線は逸らさない。


 魔物の一体が、ゆっくりと頷いた。


「……なるほど」


「器が違うか」


 その言葉に、ひかりが戸惑う。


「器……?」


 リリアスが説明するように言った。


「こやつらはな」


 一拍。


「“下”の住人じゃ」


 ひよりが眉をひそめる。


「下……?」


 魔物——いや、“深層の民”が口を開く。


「我らは……」


 言葉を探すように、わずかに間が空く。


「かつて、地上に在った」


 その一言で、空気が変わった。


 レグルトが目を見開く。


「……何?」


 ヴァルドも動きを止める。


 つむぎの拘束は、まだ解かれていない。


 魔物は続けた。


「だが、落とされた」


 静かな声。


 だが、その奥にあるものは重い。


「光に拒まれ地に沈められ……忘れられた」


 ひよりの心臓が、強く打つ。


(それって……)


 思い出す。


 未来の地球。


 消された記憶。


 歴史の改ざん。


 重なる。


 あまりにも。


 ひかりが震える声で言う。


「じゃあ……あなたたちは……」


 その時。


 リリアスが、静かに言った。


「人じゃ」


 全員が凍りついた。


 レグルトが叫ぶ。


「あり得ません!!」


「こんな存在が人間のはずが——」


 だが、リリアスは遮る。


「形など関係ない。本質の話をしておる」


 深層の民が、ゆっくりと頷く。


「……理解者がいるとはな」


 そして。


 その赤い目が、細くなる。


「だが遅い」


 空気が変わる。


 殺気ではない。


 もっと根源的な圧。


「門は開く。いずれ完全に」


 その言葉に、地面が微かに震えた。


 遠く、ルーメリアの谷から、黒い霧がさらに濃くなる。


 ひよりが叫ぶ。


「待って!」


「それ、止められないの!?」


 深層の民は、静かに答えた。


「止める?」


 一拍。


「何故」


 その一言に、言葉が詰まる。


 そして、続けた。


「我らは還るだけだ」


 沈黙。


 ひかりが呟く。


「……還る?どこに」


 魔物は言った。


「元の場所へ」


 そして。


 ゆっくりと視線を上げる。


「地上へ」


 その瞬間、ヴァルドの目が変わった。


「ふざけるな」


 低い声。


「ここは人の世界だ。奪わせるものか」


 剣に力が入る。


 だが——


 動かない。


 つむぎが、まだ止めている。


「だめ、剣聖」


 その声は、今までと違っていた。


 強い。


「これは戦いじゃない」


 ヴァルドが睨む。


「戦えば終わる」


「でもこれは……終わらない」


 その言葉に、誰も反論できなかった。


 リリアスが楽しそうに笑う。


「面白いのう、本当に」


 そして、ひよりを見る。


「気づいておるのではないか?」


 ひよりの体が強張る。


「何を……」


 リリアスはゆっくり言った。


「なぜこの世界に人が二度存在しておるのか」


 その言葉で、すべてが繋がりかけた。


 未来の地球。


 過去への移住。


 記憶の消去。


 そして——


 深層。


 ひよりの唇が震える。


「……まさか」


 リリアスは、微笑んだ。


「そのまさかじゃ」


 その瞬間。


 ルーメリアの谷の奥で。


 何かが目を覚ました。


 ゴゴゴゴゴ……


 地面が大きく揺れる。


 今までとは比較にならない振動。


 深層の民たちが、一斉に空を見た。


「……来る」


 リリアスの笑みが消える。


「これは少しまずいな」


 ヴァルドが問う。


「何が来る」


 その問いに、リリアスは静かに答えた。


「本体に近いものじゃ」


 空が、歪む。


 黒い雲が渦を巻く。


 そして——


 ひよりは確信した。


(これはもう元には戻れない)


 世界はすでに壊れ始めている。

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