第67話 ひよりの疑念
塔のふもと。
黒い塊が、ゆっくりと立ち上がる。
肉のような影。
骨のような歪み。
形が定まらない。
口が裂ける。
「……ヒト」
再びその声を聞いた瞬間だった。
ガンッ
ヴァルドが塔の縁を蹴った。
一瞬で空を裂く。
落ちる。
黒い残滓の前へ。
ひよりが叫ぶ。
「ヴァルド将軍!?」
着地と同時に剣が抜かれた。
ギィィン
刃が光る。
黒い化け物が腕を振り上げた。
塔ほどもある腕。
だが。
次の瞬間。
閃光。
ザンッ
巨大な腕が宙を舞った。
ひよりが呟く。
「……え?」
ヴァルドは、ただ剣を振り抜いていた。
動きが見えなかった。
⸻
セレナが目を見開く。
「今の……」
「速すぎる」
黒い残滓が揺れる。
体が崩れる。
ヴァルドが呟く。
「こんなものか」
だが。
次の瞬間。
ドロリ
切断された腕が動いた。
肉が伸びる。
骨が歪む。
そして。
元の形に戻った。
⸻
ひよりが凍りつく。
「……うそ」
ヴァルドも眉を寄せる。
「再生したのか……?」
リリアスが言う。
「だから言ったであろう」
「これは」
「魔物ではない」
黒い残滓が吠える。
「ヒトォォ!!」
巨大な腕が振り下ろされる。
だが。
ヴァルドは動かない。
静かに剣を構える。
一歩。
踏み込んだ。
空気が裂ける。
ザザザザザンッ!!
斬撃が走る。
黒い体が
十数片に裂けた。
塔の上の全員が唖然としていた。
⸻
セレナが震える声で言う。
「……圧倒的だわ」
「もはや」
「前の剣聖の力を」
「遥かに凌駕している……」
その言葉を聞いて。
リリアスが笑った。
「なら」
「剣聖の名を継げば良い」
レグルトが慌てて言う。
「魔王様……!」
「剣聖の称号は」
「この場で勝手に継げるものではありません」
「各国が認めて」
「初めて剣聖の称号は成立するのです」
「それほど重い称号なのです」
リリアスは肩をすくめた。
「わらわが認めると言っておる!」
「それで良い!」
レグルトは呆れる。
「誰も認知してくれませんよ」
その時だった。
リリアスが
指を鳴らした。
パチン
静かな音。
ひよりが首を傾げる。
「……魔王様?」
リリアスは言った。
「レグルト」
「ヴァルドを見てみろ」
レグルトは振り向く。
「剣聖を見てどうするのですか?」
沈黙。
ひかりが目を瞬く。
「……え?」
ヴァルドを見る。
「何これ……」
「ヴァルドを見ると」
「剣聖って呼びたくなる」
リリアスは笑った。
「そうじゃ」
「この世界の人間の記憶に」
「ヴァルドを剣聖と認識させた」
「どこへ行っても」
「ヴァルドは剣聖じゃ」
ひよりは黙っていた。
思い出す。
⸻
未来の地球人は。
滅びた地球から。
過去の地球へ移り住んだ。
争いを繰り返さないため。
為政者たちは人々の記憶を消した。
そう聞いた。
⸻
ひよりは、ゆっくりリリアスを見る。
(まさか……)
(この記憶改ざんの力)
(魔王様も……)
(関わっているの?)
塔の上に、冷たい風が吹いた。




