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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第五章

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第45話 違和感

 氷の大地に、黒い霧が立ちこめる。


 フロストリア。


 遠くで氷柱が砕ける音が響く。


 ひよりが、必死に呼びかけるが、ひかりは記憶の奥底を彷徨い続けていた。



 応接室。


 あの老婦人だ。


 だが――


 何かが違う。


「黒崎さん、前の商品、分配金の多い商品に変えようと思ってるんだけど」


 老婦人の声は穏やかだった。


 黒崎は資料を開き、静かに説明する。


「正直に申し上げますと、今解約すると損失が確定します」


 ひかりの鼓動が止まる。


 止めている?


「分配金は出ていますが、実質は元本を取り崩しています。乗り換えをしても手数料がかかるのでマイナススタートです。目先の分配金だけで判断しない方がよろしいです。長期で持つか、解約するか。ご家族とも一度ご相談された方がよろしいかと」


 適切な説明。


 乗り換えを強要していない。

 家族への相談の提案もしている。


 老婦人は笑った。


「でもね、黒崎さん。私はあなたを信頼しているのよ。あなたの成績にもなるでしょ?」


「信頼はありがたいですが、判断はご自身でなさってください。私の成績の事よりも、ご自身の大切な資産を守る事を考えてください」


 強引な勧誘は一切行っていない。


 むしろ、お客様にしっかりと考える時間を与えている。


 ひかりの胸がざわつく。


 ――あれ?



 場面が歪む。


 休憩室。


 後輩が言う。


「黒崎さん、あの人また家に呼んでくれたんですか?」


「いや、今日は断った。仕事外で深入りするのは良くない。とは言え高齢で息子は遠方だ。普段は一人で寂しいだろから、時々話し相手になる程度に留めているよ」


 声は淡々としている。


 軽口はない。


 笑っていない。


 あの無料喫茶店の記憶はどこだ?



 映像が二重に重なる。


 ひとつは、冷酷な黒崎。


 ひとつは、顧客に寄り添う黒崎。


 どちらが本物だ?



 いちご狩りの場面。


 黒崎の手が伸びる。


 だが次の瞬間――


 映像が揺れる。


 本当に腰に触れたのか?


 それとも、肩だったのか?


 黒崎の口元。


 あの時、笑っていたか?


 怒っていたのは――誰だった?


 神谷の視線。


 あの瞬間、ほんのわずかに――


 笑っていなかったか?



 ひかりは頭を押さえる。


「……違う」


 何が?


 分からない。


 だが、何かが混ざっている。



 フロストリアの空。


 氷の空間に、淡い魔法陣が浮かぶ。


 それは精神干渉の術式。


 過去の記憶に意味を上書きする魔法。


 感情を増幅させ、印象を固定する。


 善を歪め、悪を強化する。


 ――争いの種は、まず心に植えられる。



 ひかりの中で、黒崎の言葉が再生される。


「自分の生活を守れ」


 それは本当に搾取の思想だったのか。


 それとも――


「守る力を持て」という意味だったのか。



 別の記憶が浮かぶ。


 支店の廊下。


 黒崎が誰かに向かって言っていた。


「数字だけを追うな。目的を履き違えるな」


 その言葉は、誰に向けられていた?


 相手の顔がぼやけて見えない。

 

 ……あれは……誰?

 知っているような気がする。


 重要なことが思い出せない。



 心がざわめく。


 だがすぐに、冷たい霧が覆いかぶさる。


 黒崎は敵。


 黒崎は奪う側。


 黒崎は――


 そうでなければならない。


 なぜなら、あの日の恐怖は本物だったから。


 震えは本物だったから。


 守ってくれたのは神谷だったから。



 遠くで、誰かの声がする。


「記憶は都合の良い物語に変わる」


 それは誰の声だ?



 氷の地面に、ひかりの影が映る。


 だが影は二つに分かれている。


 ひとつは黒崎を憎む影。


 ひとつは、何かを疑い始めた影。


 《違和感》


 それは真実へ向かう、小さな芽。



 遠く、見えない場所で。


 誰かが静かに笑った。


 優しい顔で。


 柔らかな目で。


 ひかりの記憶を見つめながら。

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