表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第五章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/95

第44話 いちご狩り

 黒崎の栄転が決まった。


 最年少での異例の大抜擢ポスト。

 本店営業本部長。


 支店内は祝賀ムードに包まれた。


「さすがですね」

「本当に尊敬してます」

「自分も黒崎さんみたくなりたいです」


 媚びた笑顔が並ぶ。


 誰も逆らわない。

 誰も疑問に感じない。


 強い者に従うのが、この組織の風土だった。



「お祝いに、有志で旅行しませんか?」


 取り巻きの一人が提案した。


 黒崎本人は一度、遠慮した。

 だが、周囲が勝手に盛り上がる。


「日帰りバス旅行です!」

「いちご狩りとバーベキュー!」


 いちご狩り。


 その単語に、ひかりは一瞬だけ心が揺れた。


 行くつもりはなかった。


 だが――


「円城寺さん、一緒に行こうよ」


 仲の良い女性同僚が腕を引く。


「俺も行くよ」


 柔らかな声。


 振り向くと、同期の神谷(かみや)が立っていた。


 穏やかな目。

 少し不器用な笑顔。


 よく仕事帰りにコーヒーを飲み、時折、手紙をくれた。


 波長があった。

 噂される事はあったが付き合ってはいない。

 恋だとは言葉にしなかった。

 だが、お互いに分かっていた。


 だから――


「……いちご、好きなんだよね」


 自分でも驚くほど軽い理由で、参加を決めてしまった。



 当日。


 バスの中は酒の匂いで満ちていた。


 朝から缶ビール。

 ハイボール。


 黒崎は最後尾の席。

 王のように囲まれている。


「黒崎課長、本当にすごいです!」

「本部でも暴れてください!」


 黒崎はうっすらと笑う。



 いちご農園。


 ビニールハウスの中は温度管理されており、冬でも暖かかった。


 上着を脱いで戦闘体制に入る。


「甘い!」


 同僚たちが笑う。


 ひかりも口に運ぶ。


 赤い果実。

 柔らかな甘さ。


 ほんの一瞬、すべてを忘れられた。


 神谷が隣で言う。


「似合うね、いちご」


「何それ」


 笑い合う。


「神谷くんもいっぱい食べなよ。元は取るんだからね」


 そう言って、ひかりは次から次へといちごを口に運ぶ。


「ほんと、いちご好きだよね」


 黒崎の視線が、ひかりを捉えていることに気づかずに、二人で幸せな時間を過ごしていた。



 バーベキュー会場。


 肉の焼ける匂い。

 煙。

 酒。


 黒崎の顔が赤い。


「円城寺」


 呼ばれる。


「こっち来い」


 周囲が静まる。


 ひかりは近づく。


「お前は賢い」


 肩に手が置かれる。


 強い。


「俺がいなくなったら、誰につく?」


「……」


 答えられない。


「神谷か?」


 その名に、神谷が顔を上げる。


「黒崎課長、酔ってますよ」


 穏やかな声。


「俺は正気だ」


 黒崎の手が、ひかりの腰へ滑る。


 身体が硬直する。


「やめてください」


 神谷が立ち上がる。


「なに?」


 黒崎の視線が変わる。


 周囲は動かない。


 誰も止めない。


 未来の幹部候補。


 逆らえば銀行員人生は終わる。


「円城寺、お前は分かってるはずだ」


 耳元で囁く。


「自分の生活を守るには、誰の側にいるべきか」


 指が強く食い込む。


 恐怖でひかりの足が震える。


「は、離してください……」


 震える弱々しい声。


 次の瞬間――


 神谷が黒崎の腕を掴んだ。


「やめてください」


 静かだが、揺るがない声。


 黒崎の目が細くなる。


「……つまらない男だな」


 手が離れる。


 ひかりは解放される。


 だが場の空気は凍ったままだ。



 帰りのバス。


 誰もその話をしなかった。


 笑い声だけが虚しく響く。


 神谷は隣に座り、そっと言った。


「大丈夫?」


「……ありがとう」


 それだけ。


 それ以上は何も言えなかった。



 黒崎が栄転して数週間後。


 神谷は異動になった。


 実直で、同期の中でもひときわ優秀な彼だが、本部からの評価は、なぜか芳しくなかった。


 そして、静かにひかりの元から去っていった。


 手紙は、もう届かなかった。



 暗闇の中。


 フロストリアの冷気が頬を撫でる。


 黒崎の言葉が蘇る。


 ――他人より自分の生活を守れ。


 それは為政者の思想と同じだった。


 自国の民を守るためには侵略もやむなし。

 自国ファースト。

 弱者は淘汰される。


 ひかりの胸の奥で、何かが静かに燃え始める。


 あの時、声を上げられなかった自分。


 守られた側だった自分。


 老後の生活だけを考えて、お金を増やす事だけに執着していた自分。


 だが今は違う。


 この世界は、やり直しの星。


 ならば――


 私は、奪う側にはならない。


 守る側になる。


 億り人を夢見た空虚な自分はもういない。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ