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『億り人だった私、老後資金が底をつく前に異世界を救います』 〜今日も散財して召喚しまくってます〜  作者: talina
第五章

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第43話 自分の生活を守るためには

 暗闇の底に、再び光が滲む。


 蛍光灯の白。

 無機質な事務室。

 乾いた拍手。


「我らが黒崎課長、全国一位だ」


 支店長と交わす握手。

 拍手が一段と大きくなる。


 黒崎。


 その名が、ようやく像を結ぶ。


 逆光の中に立つ男。

 完璧に整えられた髪と隙のない微笑み。

 イタリア製の高級スーツ、ゼニアに身を包み、礼をする所作さえ美しい。


「皆さんのおかげです」


 謙虚な声音。

 だが目は笑っていない。


 投資信託契約件数。

 預かり資産残高。

 手数料収益。


 どれも圧倒的。

 他の追随を許さない。


 だから若くして出世した。

 だから銀行に守られた。



 応接室。


 向かいに座る小柄な老婦人。


「前回の商品、順調ですよ」


 黒崎の声は柔らかい。


「ですが、市況の潮目が変わりました。こちらへお乗り換えいただいた方が、分配金も安定します」


 資料を静かに滑らせる。


 難解なグラフを噛み砕き、結論を優しく差し出す。


「毎月の受取額が増えます」


 分配金。


 その響きは甘い。


「黒崎さんがそうおっしゃるなら……」


 ペンが走る。


 解約。

 そして購入。


 手数料が発生する。


 彼の実績がまた積み上がる。



 数か月後。


「さらに良い商品が出まして」


 同じ構図。

 同じ流れ。


 資産は減っている。

 だが月々の入金額は一時的に増える。 

 資産を取り崩しているだけで、実際は損益が膨らんでいるのだが……。


 通帳の入金額だけを見る高齢者は安心する。


 元本が減っている事実には、気づかない。


 当時は高齢者保護が今ほど確立されていなかった。

 純増でなくとも成績は評価されていた。



 黒崎は選んでいた。


 一人暮らし。

 近隣に家族の気配がない。

 苦情の可能性が少ない顧客。


「お子様は遠方ですか」


 さりげない確認。


「投資信託は送付される書類が多いんです。かえって分からなくなるので、どんどん処分した方が良いですよ」


 親切な助言。


 過去の痕跡は、静かに消える。


 疑念は、記憶の中だけに残る。

 そして記憶は、薄れていく。



 だが時に、想定外が起きる。


「どういうことですか!」


 応接室に響く怒声。


 別居していた息子。


 解約された複数の他行の通帳。

 この銀行の普通預金に集められた資金。

 ほぼ全額、投資信託へ。


「こんなに乗り換えて、母が理解しているわけがないじゃないか!」


 黒崎は微動だにしない。


「投資信託は元本保証ではありません。すべてご理解の上、お母様ご自身のご判断です」


 老婦人は黒崎を見る。


「この人は悪くありません。私が決めたんです」


 信頼。


 それが彼の最大の商品だった。


 書類は揃っている。

 自筆の署名もある。

 取引面談記録も完璧だ。

 黒崎に有利な内容の、仕組まれた面談記録。

 倫理は書面に残らない。


 判断は問題なし。


 息子は唇を噛む。


 黒崎は静かに頭を下げる。


 完璧な誠実さを纏って。



 休憩室。


 ドアが閉まる。


 笑みが消える。


「バカな老人だ」


 低い声。


「損しても俺のことを庇うんだからな。めでたいもんだ」


 後輩が笑う。


「休憩室代わりに、あの人の家利用してますよね」


「あぁ、外回りで喫茶店代わりに休ませてもらってるよ。息子は遠方で普段一人だからな。行くと喜ぶんだよ。この間は寿司まで取ってくれたな」


 呆れたように言う。


「無料喫茶店、何店持ってるんですか?」


 後輩はニヤニヤ笑う。


「さあな、信頼関係さえ築いていれば、損しても俺のこと悪くは言わないからな」


「最高のアフターフォローですね。さすが黒崎さん。勉強になります!」



 ひかりは立ち尽くす。


 これは誰の記憶?

 私は知らない。

 だが、生々しい。


 胸の奥に沈めた違和感。


 自分もまた、数字に縛られていた。



 事務室へ場面が戻る。


 黒崎が近づく。


「円城寺」


 威圧的な声。


「顧客の生活より、自分の生活を守れ」


 黒崎が、ゆっくりと微笑む。


「お前も、同じ考えだろう?」


「自分の生活を守るには出世と金が必要だ」


 その声は、妙に鮮明だった。


「お前、客に老後の話をするだろう?」


 年金問題。

 物価高騰。

 低金利の持続。

 老後二千万円問題。

 将来の不安。


「老後の不安を語るのは客だけじゃない。俺たちも同じだ」


「むしろ、俺たちの方が過酷だ」


 背後に黒い霧が立ち上る。


「だから稼ぐ。あるところから取る。それの何が悪い」


 営業成績の数字が、魔法陣のように回転する。


「金を持つ者は、どこかで得をしてきた連中だ。俺は自分の実力で奪い取るだけだ」


 視線が突き刺さる。


「なあ、円城寺。お前は分かっているだろう」


 声が甘くなる。


「賢いからな。だから目をかけている」


 その言葉が、心の奥を抉る。


 これは信仰だ。


 “自分ファースト”。


 “弱者は利用される側”。


 その思想は、どこかで見た。


 異世界の争いの(たね)の根源にあるもの。


 フロストリアで放たれた意識を侵食する魔法が、ひかりの魂を揺さぶり続けていた。

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