第39話 残された旋律
元の場所まで、セリオスは無言で先導した。
踏みしめるたび、足元の草木がわずかに身を引く。まるで森そのものが、彼に従っているかのようだった。
次第に空気が変わる。
冷たい。
だがそれは、雪の気配ではない。
時間そのものが薄く凍りつき、流れを鈍らせているような感覚だった。
視界の先に、白銀の都フロストリアがくっきりと浮かび上がる。
ひよりは胸を押さえた。
鼓動が、速い。
「……やり直しの星」
セリオスの言葉が、頭から離れない。
地球は破滅した。
未来人が、過去へ移住した。
文明は封じられ、記憶は消された。
ならば――
なぜ、自分の曲は消えていない?
⸻
「まだ話しておらぬことがある」
背後からの声に、三人は振り向く。
「記憶は消された、と言ったな」
「……はい」
「だが、完全には消せぬものがある」
風が、梢を震わせる。
「魂に刻まれたもの……本能だ」
つむぎの肩がわずかに強張る。
「争いの種は人の奥底に残る本能だ」
セリオスの視線が、まっすぐにつむぎを射抜く。
「そして――創造の種もな」
———
ひよりの指先が、震えた。
「……私の曲は」
セリオスは、静かに頷く。
「あれは消しきれなかったものだ」
「え……?」
「未来で、ある研究があった」
森が低く唸る。
「人の本能を、抑制する研究だ」
「戦争を起こさぬために?」
「そうだ」
ひかりの顔が曇る。
「その研究の副産物として生まれた理論がある」
「共鳴誘導理論」
聞いたことのない言葉。
「人の心の波長を整え、攻撃本能を沈める音の配列」
ひよりが首を傾げる。
「……音?」
「旋律だ」
セリオスは、力強く言った。
「そなたの作った曲はな――」
「その理論と、ほぼ一致しておる」
⸻
「は……?」
ひかりが間の抜けた声を出す。
「偶然、でしょ?」
「図らずもな」
セリオスは淡々と続ける。
「レグルトが弾いたのは、古くから森を鎮める歌として伝わっている旋律だ」
ひよりの呼吸が止まる。
「それを、そなたはアイドルに歌わせたい曲として作った」
足元が、揺らぐ。
「つまり――」
ひよりは息を呑む。
「争いを抑える旋律が、時を越えて伝承されてきたのだ」
「……それが、そなたの曲だ」
⸻
つむぎが、ぽつりと呟く。
「……じゃあ、私の中の争いの種は……」
「未来で暴走した血の系譜だ」
セリオスは捲し立てる。
「そなたの子孫の中に、世界を割った者がいた」
つむぎの鼓動が高まる。
「その末裔が――ヴァルドだ」
つむぎが頷く。
「ヴァルドは、そなたの遥か未来の血を引いておる」
つむぎの膝が、わずかに震える。
「……じゃあ、私が……いなくなれば……」
「違う!」
強い声だった。
セリオスの瞳は、真剣だった。
「未来で争いを選んだ者がいた。だが、世界を守ろうとした者も同じ血から生まれておる」
「グランは、そこに賭けたのだ」
⸻
ひかりが前に出る。
「つまりさ」
ぐっと拳を握る。
「つむぎは、“争いの未来”と“止める未来”の両方を持ってるってこと?」
「そうだ」
セリオスは静かに頷いた。




