第38話 時を越えた罪
森は道を開いたまま、沈黙していた。
霧は薄くなり、木漏れ日が揺れる。
だが空気は、まだ張りつめている。
銀髪のエルフはゆっくりと振り返った。
「三人だけついて参れ」
短く告げ、森の奥へ歩き出す。
三人は顔を見合わせ、後に続いた。
やがて、巨大な古木の前で足を止める。
幹は城壁のように太く、根は地面に広がり、大地そのものと繋がっているかのようだった。
「我が名は――セリオス」
静かな名乗り。
「この森の守り手。そして、この世界の番人の一人だ」
番人。
その言葉の重みが、森の奥へと沈む。
セリオスは、ひよりを見る。
「そなたは……気づき始めているようだな」
ひよりの胸が高鳴る。
「……教えてください」
声は震えていなかった。
「この世界の真実を」
葉が擦れる音だけが聞こえる。
森は静かに見守っているようだった。
「……よかろう」
セリオスの瞳は、遥か遠くを見ていた。
⸻
「地球は、破滅した」
その一言で、ひかりたちの息が止まる。
「そなた達、人間の戦争によってな」
ひかりの拳が、無意識に強く握られる。
「何年も前から、為政者は未来を予測しておった。資源の枯渇、環境破壊、そして戦火の拡大」
木々の間を風が抜ける。
「各国は競うように宇宙開拓に乗り出した。地球を見限って、移住可能な星を探してな」
「……でも」
ひよりが呟く。
「見つからなかった?」
「人の科学力では、到底現実的ではなかった」
セリオスは首を振る。
「だが、別の研究をしていた者がおった」
ひかりが息を呑む。
「時を超える研究だ」
森が、わずかに震えた。
「……どういうことですか?」
つむぎが、かすれた声で問う。
「この世界に住んでいるのは――そなた達の遥か未来の子孫だ」
———
(破滅した世界で、過去の地球に救いを求めた)
ひよりの思考が、一瞬止まる。
「私たちから見ると……」
「未来人が、過去の地球へ移り住んだのだ」
セリオスの言葉が、重く落ちる。
「……そういうことか……」
ひよりの中で、点が繋がる。
シルフィウム。
自分の曲。
未来にないものと、過去にあるはずのないもの。
混ざり合った時間。
「でも、なぜ文明は遅れているんですか?」
ひかりが言う。
「この世界、車も、飛行機もない」
「未来の人なら私たち以上の文明があるはずなのに……」
セリオスの目が鋭くなる。
「同じ過ちを繰り返さぬためだ」
ひときわ低い声の中に、少しの怒りが混ざっていた。
「人は間違える。文明を持てば、いずれまた奪い合う」
森がざわめく。
「そこで為政者は決断した」
長い沈黙があった。
「……人々の記憶を消したのだ」
三人が息を呑む。
「科学も、歴史も、技術も。すべて封じた」
「……そんな」
「文明を“無”に戻したのだ」
ひよりの背筋に寒気が走る。
「それが残っているのは――」
セリオスは、そこで言葉を止めた。
何かを測るように、三人を見る。
「……いや、今はよい」
⸻
沈黙の後、セリオスが視線を変える。
「一つ、聞こう」
「……はい」
「そなた達は、どうやってこの世界へ来た」
ひかりが答える。
「グランに召喚されたんです」
「腰が痛くて召喚魔法を誤ったって……失敗で私たちを呼んだって」
セリオスの口元が、わずかに緩む。
「ふっ……グランめ」
懐かしむような声。
「失敗ではないぞ」
「え?」
「あやつは、腰の痛み程度で召喚を誤る男ではない」
つむぎを、ちらりと見る。
そして、ひよりへ。
「なるほど……確かに意味がありそうだ」
最後に、ひかりを見る。
長い沈黙。
「……そなたは……」
言葉が止まる。
エルフは深く考え込んだ。
「……分からん!」
「ガクッ」
ひかりが肩を落とす。
「なによ、私だけ意味ないの?」
「いや、そうではない」
セリオスは腕を組む。
「グランのやつめ……何を考えておる」
その声には、確かな信頼があった。
⸻
「あなた、グランのことよく知ってるみたいだけど」
ひかりが問う。
「ああ」
セリオスは静かに頷く。
「共に魔王と戦ったからな」
「え?リリアスと?」
「……いや」
目が、遠くを見る。
「アマローネの前の魔王だ」
セリオスは空を見上げた。
「かつて、世界が二度目の滅びを迎えかけたとき」
森がざわめく。
「グランと、そして“あの女”も共に戦った」
(あの女)
(リリアスのこと?)
「この世界は、一度やり直された」
セリオスの声は低い。
「だが、人の本質までは変えられぬ」
視線が、つむぎへ落ちる。
「血は巡る」
ひよりの胸が強く脈打つ。
「遠い未来で争いを選ぶ者もおる。だが同時に、世界を守ろうとする者もおる」
つむぎの指が、わずかに震えた。
「……グランは、それを見越しておる」
セリオスの瞳が鋭く光る。
「お主ら三人を呼んだのは、偶然ではない」
森の奥で、風が鳴る。
「やり直しが三度目にならぬようにな」
重いが、不思議と絶望ではない。
ひかりが、拳を握る。
「じゃあ……私たちに、できることがあるんだよね?」
セリオスは、初めて微笑んだ。
「だから森は道を開いたのだ」
遠くに、フロストリアの影が見える。
物語は、時間を越えて交差し始めた。




