初陣⑥
「もちろん計算通りだ…定義完了、最短距離、2,8,13、ポイント楽人!」
宮崎が叫ぶと同時に楽人の体はきよの真後ろに瞬間移動した。
「やあああああ!」
楽人は軍刀を敵の首めがけて、思い切り叩きおろした。一瞬振り向こうとした敵の首に、楽人の軍刀が深く切りこんだ。
「ぎゃあああああああああ…」
きよの断末魔が上がり、軍刀が切り込んだ傷口から、黒い煙が上がり始める。ごうごうと吹き荒れていた風が徐々にやんでいく。きよは体中が黒い煙に包まれ、徐々に落下しながら、消えていった。
落下する漱石の体をぎりぎりのところで宮崎が受け止めた。漱石は完全に気を失っている。
楽人はまだ息を切らして、きよが消えていった辺りを呆然と見上げた。
辺りを切り裂いていた風が完全に止み、空間に刻まれていた格子が光を放ち、ゆっくりと消えていった。格子が完全に消えると、楽人たちは瓦屋根の上に立っていた。屋根の一部が崩壊し、そこから漱石邸の居間が見えている。宮崎は漱石の体を屋根へゆっくり下ろすと、軍刀を鞘へ納めた。中山も、拳銃を下ろし、大きく伸びをした。二人の体にはところどころ血が滲んでいる。
「あの…ごめんなさい…僕のせいで二人ともこんな…」
楽人が呆然と言うと、中山が自分の体を見回しながら呟いた。
「何だ…俺もお前も傷だらけじゃないか…痛いわけだ…。ま、お互い致命傷はなさそうだな…。」
中山に視線を向けられた宮崎は、無表情に「問題ない」と言って頷いた。
「あの…宮崎さんの使ってた力って何なの…?」
「あれは…」答えようとした宮崎を遮って、ハクが宮崎の肩に飛び乗って答えた。
「あれはガクジンの力。宮崎は数学のガクジンみゃ!」
「数学の…ガクジン…?」困惑する楽人に、ハクが説明を続けた。
「ガクジンは学問の力をつかって道真に立ち向かう組織みゃ。宮崎は数学を司るガクジンみゃ!」
「さっき使っていたのは座標平面展開、領域を展開して現実世界を守りながら、空間を自在に操る力だ…」ハクから説明を引き取るように、宮崎が続けた。
「空間を…だから瞬間移動が…」楽人が納得していると。宮崎が問いかけた。
「今の戦い、どう振り返る。」楽人は宮崎の表情のない顔を見つめた。問の意図がわからなかったが、とても大切な質問だということはわかった。
「…全然、うん、本当に全然、戦えないんだなってわかった…。二人が動いているのに、僕、何もできなくて…正直…怖かった…。」宮崎は無表情のまま楽人を見つめ続ける。
「でも…」楽人は続けた。
「今だ、って言われた瞬間、するべきことがわかった…怖かったし全然だったけど、動かなきゃ、って思えた…。そう思ったら、走り出せた…。」
「それでいい。」宮崎は口元をごく僅かにほころばせ、頷いた。
「その軍刀は、お前にやろう。きっとこの先にも役に立つはずだ。…いい太刀筋だったぞ。」
「そりゃ俺が最初に稽古をつけたんだ…当然さ…」中山がにやりと笑っていったが、宮崎はにこりともせず軍帽を被り直した。
「さて…ここからの後始末は俺がやろう。お前たちは一旦元の時代へ帰るといい…。…この時代の人間じゃないお前たちがいると、返って話がややこしくなりそうだからな…。」
そう言って宮崎は、自分の肩に乗っていたハクを両手で抱き上げ、ハクの腹部へ数秒顔を埋めたかと思うと、顔を離し、楽人の肩にハクを乗せた。
「なにかあったらまたいつでも呼んでくれ…俺はいつでもお前らの力になる…また会おう、ハク、中山…楽人。」
そう言うと、宮崎は三人へ向かって敬礼をした。楽人も敬礼を返しながら、初めて宮崎から名前を呼ばれた事に気がついた。




