初陣④
翌日から、漱石のボディガード兼事件の捜査が始まった。街への聞き込み調査、新聞などでの怨霊と思しき情報の検索、出かける際の漱石の護衛などが主な仕事だった。(護衛は楽人一人では敵の出現時の対応が困難という理由で、宮崎か中山と一緒に行った。)
中でも厄介だったのは、漱石の護衛だった。神経質、と言ったおきよさんの発言は正しく、最初は護衛についても受け入れるスタンスだった漱石は、徐々に護衛のやり方にいくつもの条件をつけてくるようになった。
「私の近くに寄らないでくれ。集中できず執筆に障る。」
「誰かが塀の外から覗いていた気がする、見に行ってくれないか。」
「頼むから家の中では極力足音を消してくれ…私は聴覚過敏なんだ。」
「衣擦れの音が気になる。」
「気配を丸ごと消してくれ!…ああ、猫は構わん。」
これらの条件を取り入れていった結果、ハクは漱石のそばに常におり、他の者は気配を消して漱石の部屋の外で待機という護衛方法が採用された。
ハクが漱石にとられたことで、宮崎がいくらか苛立っているように楽人には薄々感じられたが、いい大人がそんな子どもじみた真似するはずない、とその可能性を頭から追い出すことにした。
数日間護衛と聞き込みを繰り返したが情報は得られず、また怨霊が出現することもなかった。夕飯の煮付けを食べながら、楽人たちの日時報告を聴き、漱石はため息をついて言った。初日と比べると、顔色がやや悪く目の下に隈ができている。
「君たち…本当に事件の捜査は進んでいるのか…?」
中山が眉を下げて口角を上げて答えた。(楽人はそれが中山の作ることができる「申し訳無さそうな顔」の唯一のパターンであることに気づいた。)
「ええ、漱石先生のご協力のお陰で、聞き込みと調査は進んでいます。もうしばらく辛抱頂けますか。」
漱石は苛立ったように箸を置いて言った。
「毎日毎日…同じ報告ばかり聞かされて尾行され続ける私の身にもなってくれないか…」
「今は尾行させて頂く時もかなり距離を置いていますが…まだ気になりますか。」
「漱石先生は特に神経質でらして、私の前にも女中が何名かいたんですが、皆『家事の音がうるさい』『話し声が癇に障る』などの理由で辞めさせてしまって…」
「そうだ…だから私の気分を害さないきよとだけ暮らしていたのに…君たちが来てから、私の生活は安寧とは言い難い…。そもそも…」
「先生…」咎めるように漱石をに視線を送るきよに首を振って、漱石は続けた。
「君たちが私を狙う奴らの仲間じゃないなんて保証はどこにもない…。少しでも怪しい動きを見せてみろ…私が君たちを警察に突き出すからな…!明日から私の護衛はもういい、事件の捜査だけしてくれ…!」
立ち上がって食卓をあとにする漱石を楽人は呆然と見つめるしかなかった。
しばらくの沈黙の後、おきよさんが気まずそうに、口を開いた。
「…先生はもともと気難しい方で…それが原因で胃潰瘍にもよくなっているんです…。ここ最近は特に誰かに狙われているという疑心暗鬼でそれが強まってしまっているんです…。」
そして楽人たちに気を遣うように微笑みを浮かべて言った。
「なので、あなた達のせいではありません。気に病みすぎないようになさってくださいね…。そうだ、あなた達も先生の護衛ばかりでお疲れでしょう?明日は少し…出られてはいかがですか?」
楽人が口を開いた。
「でも、先生の身の安全が…。」
おきよさんが続けた。
「捜査してくださるとのお心遣いに申し訳なくて今まで黙っていたのですが…きっといつもの、先生の取り越し苦労ですよ…。明日、私の方でも先生のかかりつけのお医者様にご相談に行ってこようと思います。気が楽になる漢方なども処方いただけるかもしれませんから。」
おきよさんはにっこりと笑った。
「そうだ、上野公園などにお散歩に行かれるのはいかがですか?先生も好きな、いい茶屋もありますのでご紹介しますよ。」
その様子に三人は目を合わせ、中山が代表して答えた。
「ありがとう。お言葉に甘えさせて頂き、明日は非番としましょう。」




