遊ぼうぜ⑦
「さあて…少年が首尾よく俺をやっつけてくれたおかげで…日が沈むまでもう少しありそうじゃないか…」
空になったペットボトルを置き、大きく伸びをしながら中山は言った。
「森の中にばかりいるのも良くないな…成長期には日光が大事だ…」
そう言いながら中山は歩き出した。楽人もペットボトルを元合った場所に置き、ついていく。森から出ると、中山は何やら探しながら草原を歩き続け、「お、これなんかいいじゃないか」と言いながら二本の枝を拾い上げた。枝はともに50cmほどあり、まっすぐで竹刀の半分ほどの太さがあった。中山は機嫌よく二本の枝を回したり振ったりしている。
「適度な長さの枝ってのは…どうしてこう心くすぐられるもんなんだろうなあ…お前さんも、そう思わないか…」
中山は振り回していた枝を楽人の方に放った。
楽人は反射的に枝を受け取った。適度な重さが手に馴染む。右手で持って軽くテニスラケットのように振り、左手でもその感触を確かめる。幼少期に大好きだった、戦隊ヒーローの剣の形のおもちゃを思い出す。
中山は楽人の方を向き直り、右手に持った枝で左手の手のひらを打ちながら言った。
「さて…人間が二人そろってお互いに長物を持ったら…やることは一つだ…そうだな、少年?」
楽人はその言葉に、右手で持っていた枝を両手で持ち直し、学校で習った剣道の構えで中山に対峙した。
「そうだ、チャンバラだな…俺に一本でも入れたらお前さんの勝ちだ…。まあ、ウォーミングアップから行こうじゃないか…。」
中山はそう言いながらゆっくり近づいてきた中山が、右手で構えた枝を楽人に振り下ろした。
楽人で持った枝を頭上に真横に掲げ、中山の枝を軽く弾いた。その勢いで、中山の空いた右脇をめがけて枝を振り下ろす。
中山は瞬時に枝をおろし、その攻撃を防ぐ。
「いい筋をしてるじゃないか…少年。ならこれはどうだ…」
防いだ攻撃を弾きながら、右手を前方に出して楽人の腹部を狙った突きをした。楽人は中山の枝めがけて上から振り下ろし、突きの軌道を下にそらした。中山はにやりと笑って、
「いい感じだ…剣道でもやっていたか…それならそろそろウォーミングアップはおしまいでいいな…?」
というと瞬時にその場で飛び上がり楽人のおでこめがけて目にも止まらぬ早さで枝を振り下ろした。
楽人は防ごうと枝を頭上に上げたが間に合わず、鋭い音とともに楽人の頭部に鈍い痛みが走った。
「…!」
思わず額を抑え、言葉を失う楽人。その隙に中山は容赦なく右脇腹とスネに太刀を入れてきた。
「ちょ、ちょっと待ってよ…!」
楽人が後退しながら思わず叫ぶと、中山は立ち止まって枝をぐるん、と回しながら答えた。
「少年、なにか忘れてないか…これは鍛錬なんだ…敵が待ってくれると思うか。」
楽人は言葉を失うと、中山は続けた。
「痛みに慣れろ、少年…精神的にも肉体的にも、これからは痛いことばかりだ…。痛いからと言って誰も止まっちゃくれやしない…敵も、この社会もな…」
「それでも痛いんだから、少しは手加減してくれても…!」
楽人が言うと、中山は口角をわずかに上げて続けた。
「痛みに耐えるコツを一つ教えよう…。痛いときには自分の痛みからフォーカスを外せ。『痛くてかわいそうな自分』という自我を捨てろ。『何故痛かったのか、その失敗は何故置きたのか、どうしたらその失敗を二度としなくて済むか』そこだけに頭を回し続けるんだ…。」
「フォーカスを外す…そんなこと言われても痛いもんは痛いし…って痛あ!」
楽人が話終わる前に後ろに回り込んだ中山が楽人の背中にもう一打撃浴びせた。
楽人は再び枝を構え、中山の打撃を回避しようとした。
しかし目にも止まらぬ早さで浴びせられる打撃の数々を止めきることはかなわず、5回中1回防げればマシなくらいで残り4回は楽人に見事に命中する。回避も後退も意味をなさず、的確に叩かれ続ける。とうに何度叩かれたか数えるのを諦めた頃、楽人は気づき始めていた。最初こそは痛みと悔しさから回避を試みていたが、徐々に受ける打撃に慣れてきていた。
一発でも入れられればいい、何発受けても構わない。
楽人は中山の猛攻の中、中山の攻撃のパターンを少しずつ見出していった。
右、上、左、次は下…また右…上…
少しずつパターンがわかり、防げるようになってきたものの猛攻過ぎてこちらから攻撃する隙がない。あれ、でも避けちゃいけないとは言われてない…
防ぎながら周囲を改めて観察する。しかし森の中とは違い、背の高い草むら以外、本当になにもない…いや…まて…あるぞ…かわいそうかな…いや、言ってる場合じゃない!
楽人は中山の猛攻を防ぎながら、少しずつ後退していった。
今や痛みは感じない。作戦の実行に集中しろ、痛いのは後でなんとかなる…はずだ…
よし、ここだ!
瞬間、楽人はしゃがみこんだ。中山が攻撃の軌道を変えて楽人の頭頂部へ枝を当てる、その隙に、中山と楽人の戦いを観戦していたハクを抱き上げ、中山に放り投げた!
「み“ゃ!」という声とともにハクが宙を舞い、中山がとっさに左手で顔をかばった。
ハクが中山の腕に貼り付くのと同時に、楽人は中山の胴体の左側へ、横からスイングするように一撃を入れた。
一瞬の静けさが訪れた。直後、
「はっはっはっはっは…」と高らかな笑い声が聞こえた。
普段のぼそぼそとした声とのあまりの違いに、それが中山の声であると楽人が気づくのに、しばらく時間がかかった。
楽人もつられて、「へへへ…」と笑い出した。
乾いた草原に二人の笑い声がしばらく響いたあと、中山がいつもの声に戻りながら話し始めた。




