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第42話 胡桃

~胡桃~


「――あら、いらっしゃい」


 図書室の受付席に座っていた胡桃が、読んでいた本から目を離して、秋に声をかけた。


「やっぱり、いた」

 秋は図書室の扉を静かに閉めた。それでも閑静な図書室に扉の音はカラカラ、と大きく響いた。

「どうやら、終わったみたいね」

「うん、なんとか終わったよ。・・・ここ、座ってもいい?」

「ええ、もちろん。どうぞ」


 秋は胡桃と向き合うようにカウンター席に座った。


「・・・どうして、ここに私がいるとわかったのかしら?」

 胡桃は本を閉じてから、静かに秋に聞いた。視線は閉じた本の表紙に向けられている。


「神様が連れて行くっていったのは、12個の不思議。でも、あの時はももちゃんもいたんだから13個って言うべきなんだ。そこでおかしいなって思ったんだ」


「なるほど、冴えているわね」

「と、いうのは実はさっき気づいたんだけどね。本当は、あのとき胡桃の姿がなかったからさ」

「あら、私のことを探してくれていたのね。うれしいわ」

 胡桃はくすりと笑った。


「それと、神様がももちゃんに言ってたんだ。お前は今でも語り継がれているって」

「・・・」

「そこで校長先生の話を思い出したんだ。ももちゃんは自分の名前が恥ずかしかったって。だからみんな、『ももちゃん』ってあだ名で呼ぶようになったって」

「・・・」

「胡桃ってすごくかわいい名前だよね。そういえば、胡桃って名前にも『桃』っていう字があるね」

「――そうね」

「ももちゃんは本を読むのが好きだったんでしょ?」

「――とても」

 胡桃は瞳を閉じて頷いた。


「つまり、こう思ったんだ。『美術室のももちゃん』って話は、みんなに語り継がれていくにつれ、『図書室の女の子』という話に変わってしまった。確か、12不思議の細かい設定は時代によって変わっていくんだよね?」


「そのとおり」

胡桃はいつの間にか秋の顔をじっと見つめている。気のせいか、口もとに笑みが浮かんでいるようにみえる。


 そこで、秋は胡桃に笑いかけた。

「俺の考え、どう思う?・・・ももちゃん」

 すると、胡桃は頬をそっと赤く染めた。


「――大当たりよ」


 胡桃は安堵するように小さくため息をついた。


「このことに気づいたのはあなたが初めて。私は、ももちゃんの話から形を変えて作り出された、もう一つの存在よ。美術室のももちゃんを本体とするなら、私は分身みたいなものね。うわさ話によって作られた存在でもあるけど、ある意味では実在している話とも言える」


美術室で初めてももちゃんの顔を見て、秋が感じた既視感。今こうして胡桃と顔を合わせてはっきりした。ももちゃんの顔は、洋風と和風のちがいはあるけれど、胡桃と同じものだった。


 うっすらと外が白み始めている。夜が明け始めたのだ。そのおかげか、図書室内もほんのりと明るく感じる。


「校長先生は、行ったのね」

胡桃は一人言のようにつぶやいた。

「うん、ももちゃんや他のみんなと一緒にね。胡桃の言う通り、すごくいい先生だったよ」

 胡桃は自分の髪を指先ですいた。真っ黒で美しい髪の毛が、透明な水のようにさらりと流れた。


「あなたは、学校の先生になればいいわ。あなただけじゃない。あなたといた友達も、きっと先生に向いているわ」

「ええ、そうかな」


 秋はぽりぽりと頭をかいた。自分が先生になるなんて今まで考えたこともなかった。たしかに、山中先生に憧れてる自分はいる。それでも、桜子ちゃんはぴったりだと思うけど、俺や直や花はどうなんだろう。


 ――うん、意外と合ってるかもしれない。


 それだったら、これから直にうんと勉強させないといけないな。


「そうよ。そうしたら今度は先生という立場で、どこかでまた私たちと会うことになるかもしれないわ。あの包丁お化けも、あなたのことは忘れないでしょうし」


 秋は包丁お化けの、最後に見せた恨めしそうな顔を思い出してぞっとした。

「やめてよ・・・」

「あら。学校なんて数えきれないほどたくさんあるのよ。そしてどこにもうわさ話や怪談がある。今もどこかであなたたちと同じ目に遭っている子がいるかもしれないわよ」


 どこかで自分たちと同じ目に遭っている子が・・・。


 ――確かに、それもないとは言い切れない。何せ自分が思いきり体験してしまったのだから。


「なんで、胡桃はここに残ったの?神様からいっしょに行こうって言われたんでしょ?」

秋は聞いた。

「なぜでしょうね」

そういって、胡桃は少しだけ沈黙する。そうしてから口をひらいた。

「・・・まだ、ここの本を全部読んでいないから、かしら。だって、私は図書室の女の子だもの」

胡桃は秋に、持っている本を得意気にかかげて見せた。


「それに、忘れられることを一番恐れているのは、ももちゃんではなく、実は私たちうわさ話の方なのかもしれない。だって、私たちこそ忘れられたら、何もかもなくなってしまうもの」

「そんなこと――」

秋が否定しようとしたが、胡桃はそんな秋に対して静かに首をふった。


「私はももちゃんがうらやましいと思っていたわ。だって、あの子の生きていた証は、必ずこの世界のどこかに残っているもの」

胡桃は図書室を見渡す。

「ここでもまた、新しいうわさ話が生まれるかもしれない。今は私だけになってしまったけれど」

 そう言って、胡桃はさみしそうに目を伏せた。そんな胡桃の表情を見て秋の胸が痛む。


 少しためらったあと、秋は胡桃にたずねた。

「・・・あのさ、これからもここに本を読みに来てもいいかな?」

 その言葉に、胡桃はきょとんとした表情で秋を見つめる。


「ここで、あんな目に遭ったのに?」

「うーん。それを言われると怖いけどさぁ・・・。でも、胡桃に会いたいし。この校舎、貴重みたいだから保存する話も出てるらしいし。山中先生に頼めば何とかなるよ。閉じ込められなければ・・・大丈夫。俺におすすめの本、教えてよ」


「――もちろんよ」

 胡桃は満面の笑顔でうなずいた。


「しかし、あなたも罪な男ね。これから先、大きくなったらどうなることやら」


 そう言うと胡桃は、いたずらっぽく笑った。


次回で最終回です。9月6日の7時に更新予定です。

最後まで読んでくださるとうれしいです。

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