最終話 夏休み
~夏休み~
花は夏の太陽にぎらぎらと照らされた、焼けつくような道を自転車で走っている。まだ寝不足なので、自転車をこぐペダルがいつもよりずっと重く感じられた。
あの奇妙で恐ろしかったけれど、どこか不思議でなつかしい体験から一日。あのあとこっそり家に帰ってからお昼まで、花はお風呂も入らずにゾンビのように眠った。
あれはたった一日のことだったけれど、それでも花は自分が少し大人になったような、そんな気がした。
これから花は、秋たちと合流し、その不思議な体験を語りつくす予定だ。
しかし、その前に寄るところがあった。
真っ青な空には相変わらず巨大な入道雲が浮かんでいる。セミのせわしない鳴き声と、川の流れる音、山の木々が風でゆれる音が、花の耳をくすぐった。
その祠は、小さな滝の前に祀られていた。ちょうど木陰に隠れていることと、滝の効果もあってか、祠の周りはとても涼しかった。
「――あれ?」
汗まみれの花は、祠の前にある手作りのベンチに誰かが座っていることに気づいた。
「桜子ちゃんだー!」
花が声をかけると、桜子は花の姿に気づき、いつものようにそっとほほ笑みながら手をあげて応えた。
「おはよー。桜子ちゃんもお参り?」
「うん」
桜子は、あいかわらず涼しい顔をして、汗一つかいていない。花は桜子の隣に座って、タオルで顔の汗を拭いた。
「待ち合わせは、学校の校門前だったよね」
「そうそう。でも、わたしはその前にここへお参りしておこうと思って。まだ待ち合わせまで時間あるしね。神様にはほんっとうにお世話になったもん」
「考えることは一緒だね。私は通り道だけど」
からっとした気持ちの良い風が、花と桜子の頬をなでる。
二人はしばらく、風と、自然が奏でる夏の音に身をあずけた。
「花ちゃんは――」
ふいに桜子が口を開いた。
「なに?」
「――花ちゃんは、秋くんのことが好きだよね?」
予想もしていなかった突然の質問に花は驚いた。まさか、あの桜子ちゃんからこんな話が飛び出すだなんて。
「え、いや、まあ・・・」
花はしどろもどろになりながら、あいまいに答える。
「ふふ。急にこんなこと聞いちゃって、驚いたでしょう」
桜子はおかしそうに小さく笑った。
「・・・実は、私も秋くんのことが好きなんだ」
桜子は恥じらうことなく、はっきりと言った。それは今までの控えめな桜子からは想像もできない、堂々とした姿だった。
花は静かに、大きく息を吸い込んだ。緑の香りが胸いっぱいに広がり、そのおかげですっかりと落ち着くことができた。
「――うん。知ってたよ」
花は桜子の目をしっかりと見て応えた。
「これからは私たち、ライバルだね」
桜子がうれしそうに宣言した。その顔はとても清々しい。
わたしが、桜子ちゃんのライバルかあ。光栄なような、でも何だか釣り合わないような・・・。
それでも――。
「あ。でもでも、その前に友達だから」
花も負けじと宣言する。
「もちろん。じゃあ、お互い恨みっこなしだね」
「もっちろん」
花は胸をはって強気に応えた。
「桃子もいるけどね」
そう言って桜子は苦笑する。
「うー・・・やっぱり、そうなんだ」
しゅうちゃん、きみは人生のモテ期をここで使い果たしてる気がするよ。
「でも、花ちゃんは転校しちゃうから、私が少し有利かなあ」
桜子はからかうように言った。こんな桜子の姿は初めて見る。
「もう!そんなこと言わないでよぉ!いじわる」
花が弱気になって嘆くと、桜子は楽しそうにころころと笑った。桜子のこんな笑顔を見るのも花は初めてだった。
2人は何だか仲間というよりも、まるで共犯者になったような気分だった。お互いの心の距離がぐっと近くなったのを、花も桜子も感じていた。
――なんだか、これでわたしたち、本当の友達になれたみたい。
「あ。ところで、桃子ちゃんは?」
「多分、もうすぐ来るはず――あ、来た」
道の向こうからげんなりした様子の桃子が、足取りもおぼつかない様子でのろのろと歩いてきた。あの様子だと恐らく、寝不足と暑さと面倒くささにやられたのだろう。
「じゃあ、そろそろ行こうか」
桜子はそう言って立ち上がった。
「んん?あれって・・・」
花が遠くを見るように目を細める。
桃子とは逆の、学校のある方向から、秋と直と巴が自転車に乗ってこちらに来るのが見えた。何を話しているのか、三人とも大笑いしている。
「みんな、考えることは一緒だね」
桜子がそう言って、また笑う。
花は転校のこと、秋のこと、新しい環境での生活のことは後で考えることにした。
せっかくの夏休みだもん。何も考えずに楽しまなきゃね。
花は、秋たちに大きな声で呼びかける。
秋たちもそれで花たちに気づき、自転車に乗りながら大きく手をふった。
――これから、夏が始まる。
終わり
これでおしまいです。最後まで読んでくださりありがとうございました。
この作品は静岡県天竜区をモデルにしています。
他のお話もぜひ。




