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第39話 美術室のももちゃん

 ~美術室のももちゃん~



 秋たちが美術室に入ると、口をふさがれ、体を縛られた花たちが倒れていた。


「花!」

 秋たちは美術室に足を踏み入れた。直がいも虫のように体を動かしながら、もごもごと何かを言っている。

 秋は花に近寄って確認する。

 てっきりガムテープでも巻きつけられているのかと思っていたが、それは間違いだった。それはガムテープではなく、とてつもなく長い髪の毛だったのだ。


 秋は花に巻きついている髪の毛をほどこうとする。しかし、何重にも巻きつけられた髪の毛は固く、とてもほどけそうになかった。


「くそっ。かたいなこれ」

「ハサミがあればいいのですけど・・・」

 桜子がまわりを見回した。


「ももちゃん!いるんでしょ?」

 秋が周りを見渡しながら大声で呼びかけた。

 すると、花たちの口をふさぐ髪の毛がゆるんだ。


 ――あなた、誰?


 ふいに、どこからかそう言う声が聞こえた。それはか細くて、すぐにでも消えてしまいそうな声だった。


「俺の名前は秋。ももちゃん・・・だよね?出てきてよ」

 すると、秋たちの目の前に、長い髪をした色白の女の子がすうっと姿を現した。その子はまるで日本人形にように肌の色が白く、くちびるは赤く、とても美しい顔をしていた。

そんなももちゃんの顔を見て、「この顔、どこかで見たような気がする」と秋は思った。系統はちがうけど、俺はどこかでこの顔を見たことがある。

――でも、どこで?


「――何か、用?」


 ももちゃんは無表情に問いかけた。秋は思考を中断して言った。


「俺たちをこの校舎から出して欲しいんだ。君の力で閉じ込められてるんだよ。それにそのせいでいろんなおばけが起きちゃったんだよ」

 しかし、ももちゃんはふい、と秋から顔を背けた。


「――いやよ」


「なぜですか?」

 桜子が困ったように聞く。


「だって、あなたたちを帰したら、もう誰もここに来てくれないもの。だからあなたたちは、一生ここから出さないわ」

「それじゃあ、何の解決にもならないですよ」

 桜子がそこで初めて嘆いた。


「あなたたちが見つからなかったら、また新しい話が生まれるわ。そうなれば、みんな私のことを思い出してくれる。そして、忘れないでいてくれる。これからもずっと」


 そう言うと、教室中に髪の毛があふれてきた。そして髪の毛はするりと秋と桜子に巻きついた。秋は激しく抵抗したが、いくらもがいても無駄だった。


「忘れられたら、存在していないことと一緒。私のことは誰も覚えていなかった。みんな、十二不思議の話だけ。私のことは忘れている」


 髪の毛が秋たちの体を強くしめつけ始める。

 秋たちは苦しそうに顔をゆがめて、小さなうめき声を上げた。


「他の話の子たちもそう。忘れられたら消えてしまう。忘れられるのは、死ぬより辛い」

 ももちゃんは感情を押し殺すように淡々と言う。それでも彼女の悲痛な心の叫びが聞こえてくるようだった。

 校舎がそれに応えるかのように激しく揺れた。


「――それは、違いますよ」


 いつの間にか校長先生が入口に立っていた。その後ろには桃子とこのか姫もいる。校長は手を膝にあてて、一息ついた。よほど階段がこたえたのだろう。とても苦しそうだ。

 そこで、秋たちの体をしめつける髪の毛が少し緩んだ。


「ひい、ふう、いやあ、こりゃ・・・しんどいなあ」

 校長はポケットから銅のハンカチを取り出して、おでこの汗らしきものを拭く。


「おばけが疲れるなんて恥ずかしい」

「ほんとめんどくさい先生ね」

 このか姫と桃子があきれるように言った。


「桃子!なんでここに?」

 桜子が驚いて叫んだ。

「仕方ないじゃない。秋がいつまで経っても来ないんだもん」

 桃子は不機嫌そうに秋をにらんだ。

「せっかく私がDVD借りてきたのに」

「ごめん、桃子。ちょっとのっぴきならない状態になっちゃって。でも、遅刻するつもりはなかったんだ!」

 秋が言い訳をする。

「えー。何のDVD見るの?」

 花がうらやましそうに質問した。

「バカ野郎!今する話じゃねえだろ!この状況を考えろ!」


 そんなやりとりを見て直が一喝した。その直後、また髪の毛が秋たちの体をきつくしめあげた。きゅう、と直が間抜けな声を上げる。


「――うるさい」


 ももちゃんがまたも無表情につぶやく。


「ももちゃん、やめなさい。そんなことをしてもどうにもならない。私は君のことをずっと覚えているよ。忘れたことなんてなかった」

 そこで、ももちゃんは初めて校長を見つめる。その目にはどこか懐かしむような色が込もっていた。


「うそよ。それなら、なぜ今までここに来てくれなかったの?」

「それは・・・ううむ」

 校長は言葉を濁した。そして桜子の方を見る。


「・・・なぜだね?」

「実際の校長先生は、もう亡くなられていると聞いています」

 桜子は言いにくそうに伝えた。

「あなたの記憶はその銅像が作られた時の年齢で止まっている」

 このか姫が補足する。


「――あなたは、誰?」

 ももちゃんがこのか姫に問いかけた。髪の毛がうねうねと桃子とこのか姫の周りを漂う。


「私はこの土地の神。だからあなたの判断は正しい。その髪の毛でわたしを縛り上げるということは、とっても失礼なこと」

 このか姫はそう言って胸をはった。


「そう。そのご立派な神様が、私なんかに何の用?」

「桃子の大切な人たちを助けにきた。そして、あなたを成仏させる」

「――あなたが、私を?」

 ももちゃんは皮肉めいた口調で言う。

「無理よ。そんなに小さくて幼いあなたの力では。元は立派な姿だったでしょうに」

「たしかに。その通り。でも・・・」


 このか姫は桃子をちらりと見た。桃子はきょとんとした顔をする。


「――わかったわ。その子の力を借りるのね。確かに、素晴らしい力を持っているわ」

 ももちゃんが、にたりと笑った。それは背筋が凍るほどぞっとするような笑顔だった。


 気づいた時には、ももちゃんの姿は消え、桃子は叫ぶ間もなく、髪の毛の海にずぶずぶと沈んでいった。


 ――それなら、私がこの子の体をもらえばいい。


 校舎中にももちゃんの声が響いた。


「桃子!」

 秋たちが叫んだ。しかし、美術室にあふれた髪の毛は、すでに秋たちの体の半分以上を飲み込んでいた。全く身動きがとれない。


 ――たしかに、この子はとても特別な体をしているわ。

 みしみし、と美術室の壁が激しく軋む。


 ――この子を憑き殺せば、わたしはこの世によみがえることができる。


 髪の毛の海から、桃子がゆっくりと出てきた。しかし、目が虚ろで、口を小さく開けている。どう見ても様子がおかしい。


 ――もうすぐでこの子の体を奪いとることができるわ。

 桃子の口から発せられた声は、美術室のももちゃんのものとなっていた。両方、ももちゃんだけども。


「やめなさい、やめるんだ!君はとても友達にやさしい生徒だったじゃないか」

 校長先生が髪の毛に溺れながらも必死に説得を試みる。


 ――それでも、誰も私のことを覚えていないわ。


 美術室の窓ガラスが激しい音をたてて割れた。壁もひび割れ、天井にある電灯も次々に破裂していく。恐らく、校舎中に髪の毛があふれているのだろう。校舎中がめきめきと鳴いている。校舎中の色々なところで、何かが壊れたり、割れたりする音が聞こえた。


「もう・・・だめだ」

 秋が力なくつぶやいた。


 すると、このか姫が髪の毛の渦に体を埋めながら言った。


 ――悪いけれど、その子は私が守ります。


 次の瞬間、このか姫の体が輝きだした。このか姫は小さな丸い光玉(こうぎょく)に姿を変えると、そのまますうっと桃子の体に入り込む。


 ――桃子、ちょっと体を借ります。


 その途端、激しい地響きが起き、まばゆい光が美術室を照らした。そのあまりのまぶしさに全員が目をつむる。


 ――目を開けると、(きぬ)のような髪の毛を振り乱して倒れているももちゃんがいた。

 そしてそれを見下ろすように、このか姫と同じ(はかま)を着た、美しい女性が立っている。 

 いつの間にか、秋たちの体に巻きついていた髪の毛も解けていた。


「久しぶりに元の姿に戻れました。やはりこの子には依代の才能があります。きっと素晴らしいイタコになれるでしょう」


「なぜ・・・なぜ・・・」

 ももちゃんは壊れたオルゴールのように繰り返しつぶやいている。

「死者は、よみがえってはいけないんです。貴女は貴女の領分を守らなければなりません」


「・・・みんなが、みんなが私を忘れていく」


 ももちゃんは泣きそうな声でつぶやいた。

 すると校長が大きな体を揺らしながら、ももちゃんにそっと近寄った。

「大丈夫。私たちがずっとそばにいるよ。ずっと一緒だ」

 いつの間にか、ももちゃんの周りには12不思議のお化けたちが集まっていた。


「無理よ。あなたたちは作られた存在なんだから。私とは違うわ」

 ももちゃんは激しく頭をふった。


「その心配には及びません」

 このか姫がももちゃんの頭に手をのせて言う。


「私がみんな連れて行きましょう。あなたたちは言霊によって作られた八百万の神の系統です。私の管轄です。この校舎に縛られるよりも、ずっと良いでしょう」


 校長が優しくうなずいた。

「ああ・・・聞いたかい。私たちも一緒に行こう。それが良い。そうしよう」

 校長はそう言って、にっこりと笑う。周りのおばけたちも穏やかにうなずいた。首のないやつもいたけど、それでも。


「俺たちも、忘れないよ」

 秋がももちゃんの目を見つめて、はっきりと言った。

「な、そうだろ?」

 そう言って秋は直の顔を見る。直は眉を少し上げて肩をすくめた。

「当たり前だろ。こんな激烈な体験、忘れたくても忘れられねぇよ。一生の鉄板ネタになるぜ」


「そうだよね。これから先、わたしたちが大人になってもこの話で盛り上がれそう」

 花も思いきり同意する。


「きっと、私たちに子どもや孫ができたら話して聞かせるでしょうね。そういった意味では今回のあなたの行動は成功だったのかもしれません」

 そう言って、桜子はほほ笑んだ。巴は何度もうなずいている。


「ほら、ごらん。何も心配することなんかないじゃないか。一緒に行こう」

 校長は力強くはげますように、ももちゃんに声をかけた。

 秋たちの言葉を聞いて、ももちゃんは静かに涙を流した。


「――そうね。それがいいのかもね」

 ももちゃんはよろりと立ち上がると、自分の髪の毛を丁寧に直した。


「・・・いいわ。いきましょう」


 ももちゃんは12不思議のお化けたちを見つめる。もはや白い紙となっている(元)白い人がくねくねと体を動かすと、ももちゃんは初めて小さく笑った。


「では、準備はいいようですね。それと、ももちゃん。貴女は一つ勘違いをしています。そもそも、貴女のことは今でも語り継がれています。最初から誰も貴女のことを忘れてはいないから、安心しなさい」


 このか姫の言葉に、秋はひっかかるものを感じた。


「そうだ。貴女は・・・どうしますか?一緒に来ますか?」


 このか姫はそう言うと、手を差しのべて問いかけた。


 ――茜に向かって。


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