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第35話 直

 ~直~


 俺には父親がいない。

 母ちゃんが俺を妊娠している時に、事故で死んだ、と母ちゃんからは聞いていた。

 でも、俺は知っていた。俺の父親という奴(血の繋がりだけで言えば)は、母ちゃんが妊娠したのを知った直後に逃げ出したということを。

 だから母ちゃんは一人で俺を産んだ。


 母ちゃんはまだまだ若いし、俺が言うのもなんだが、かなりの美人だ。そのおかげで、俺を産んでからも男関係で苦労したらしい。未婚の若い母親だから言いよる男もいたわけだ。要は軽い女と思われていたらしい。


 そんな環境に母ちゃんもうんざりしたらしく、俺たちは引っ越した。母ちゃんが小さい頃に住んでいた、山と川しかないこのクソ田舎に。


 その前から、俺はいわゆる不良だったし(ヤンキーではないぜ)、夜中に出歩いて何回か警察に補導されたこともある。

 ただ、俺のポリシーとして、「群れない」というものがあった。そういう奴らは意気地がないのかとにかく群れたがる。そしてそれを強いと勘違いする。

 俺は集団だからと気が大きくなって調子にのる様な、そんな安っぽい奴らみたいにはなりたくなかった。


 タバコも元々は威嚇のつもりだった。俺と母ちゃんが馬鹿にされないように、俺がなめられないように、と何回かやってみただけだった。

 本当はふかしただけで、吸ったことはなかったけれども。



まあ、タバコはアメリカ映画の影響も、多少はあった。あの小学生が死体を探しに行くやつ。よく秋と一緒にDVDで観たっけ。

 母ちゃんが引っ越しを決めた理由には俺のそういった問題も、もちろん入っていた。

 新しい環境で、お互いに心機一転ってわけだ。


 もちろん、俺たちのうわさが広まっているのは引っ越し初日に肌で感じた。俺たちの事情を知っていた人が、うっかり口をすべらせていたのだ。まさに田舎ならでは、だ。

 口をすべらせたのは俺たちが住んでいる家の大家で、まあ悪い人ではないから別に恨んじゃいない。許さねぇけど。まあ、それはそれとして。


 そういうわけで、俺の田舎デビューはさっそくも失敗に終わったわけだ。

 転校した初日もあの日と似たような空気がクラス中に満ちていた。いかにも田舎っぽいその閉鎖的な雰囲気に、俺は心底げんなりとした。


 担任の山中って先生だけは、初対面の時から俺になれなれしく接し、言動も変わっていた。でも、不思議とイヤな感じはしなかった。きっと、それが作られたものではなかったからだろう。他の教師とは違うとすぐにわかった。山中先生は素であれだ。やべぇ先生だ。

 もちろん、いい意味でだ。


 転校のあいさつを適当にすませ、みんなからおざなりの拍手をもらい、俺は自分の席に着いた。正直に言うと、スタートからつまずいて、これからこんなところでどうやって過ごしていけばいいんだと、俺は途方に暮れていた。


 そんな時に、隣の席にいたあいつが話しかけてきた。

「タバコ吸ってるって、ほんとか?」

 秋の第一声がそれだった。その顔には純粋な興味があった。

「だったら、何だよ」

 俺はさっそく威嚇をした。実は数回ふかしたことがあるだけだ、というのは黙っておいた。こういうのは最初が肝心だからな。もともと顔は強面で、声は低かったので、威嚇するのは得意だった。最初でビビらせたら、あとは問題なし。


 しかし、秋はそんな俺に多少ビビりつつも、質問をやめなかった。

「なに、吸ってんの?」

 最初は「なんでタバコを吸っているのか」という意味だと思ったが、違った。何の銘柄を吸っているのかという意味だった。


「お前も、吸うの?」

 俺はそう言って、自分がふかしたことのあるタバコの銘柄を教えた。

すると秋はうれしそうな顔で、

「あ、それさ、俺の好きな映画の主人公たちがふかしてるタバコと同じやつだ」

 と、言った。


「その映画の主人公たちさ、小学生なんだぜ。なのにかっこつけてタバコふかしてんの。吸ってないんだけど、それがやけにかっこよくてさ」

 そう言って、秋は恥ずかしそうに笑った。いや、俺もその映画の影響を受けましてね、とはダサくて言えなかった。


 俺はそれで、逆に出鼻をくじかれた。少し、うれしかったんだと思う。いや、本当は、かなり。


「――お前さ、よく俺に話しかけてきたよな。僕は君なんて怖くないよアピールだったのか?」

 しばらく秋と話した後、俺は聞いてみた。すると秋は、否定するように手をふり、

「いや、百聞は一見にしかずって俺の母親と山中先生がよく言ってるからさ。とりあえず話しかけてみようかなって。それで合わなかったら関わらなければいいだけだしな」

 と、さらっと言った。


「で、俺を一見した感想は?」

 俺が嫌味っぽく聞くと、秋もわざと嫌味っぽく、にやりと笑った。

「ことわざの意味がよくわかったよ。これからよろしくな。仲良くしよーぜ」

 そう言って、秋は俺の肩を2回叩いた。


 きっとこいつとはこの先も仲良くしていくだろう、と俺は思った。

 もし、離れることになっても、大人になっても、きっと一年に一回は会って飲むような関係になる。いや、なれたらいいな、と思う。


 そんな秋の後ろの席で、俺たちのやりとりをじっと見ている女の子がいた。最初その子は、あきらかに秋の心配をしていた。しかし、徐々に俺と打ち解ける秋の様子を見て、どうやら安心したようだった。


 その子は俺と目が合うと、俺に向かって優しくにっこりと笑って、「私は、花。よろしくね」とピースサインをした。


 その時に俺は、一目ぼれと、失恋を、同時に経験することになった。


 ――でも、それよりも大事なことって、あると思うんだ、俺は。


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