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第34話 再び遭遇

~再び遭遇~

1.


 秋たちはかたまって暗い廊下を歩いていく。みしみしと木の床が小さくきしみ、その音が静かな廊下にこだましている。


「校長って、意外と静かに歩けるんだね」

 花が驚いたように言う。

「やろうと思えば何とかね。ただ、とにかく体が重いから、ものすごく疲れるんだよ」

「意外と足も速いもんね」

 秋が校長に追いかけられた時のことを思い出して言った。

「いやいや、まあ若い子たちには負けていられないからなあ。とはいっても昔はもっと速かったんだよ。今はほら、なにせ銅像だからね」


 ほっほっほっと校長は口元のひげを触って笑った。校長のひげは指がこすれて、ずずずと鈍い金属音を立てた。

 廊下にはたくさんの生徒たちの絵や習字などの作品が貼られている。

 その絵たちが秋たちの姿を目で追っているのは気のせいではないだろう。


 作品の中には「歯を磨こう」「火の用心」などのポスターもあり、なぜかそれらの中には「首をちぎろう」「包丁で刺そう」といった冗談では済まされないものもあった。

 桜子は、その包丁で刺されて倒れている子達の絵が、自分と秋に似ている気がしてぞっとした。きっと、これも気のせいではないだろう。


 やっと階段に差しかかろうとした時、階上から誰かの声が聞こえてきた。


「なんだよ、今の」

 直がびくりと反応して階段を見上げた。


 ――ぷりぷりぷり。


 秋と桜子は恐る恐る顔を見合わせた。

「これは、まずい」

 二人はぷりぷりに襲われた時のことを思い出した。包丁で開けた扉の穴からこちらをにらんでいた恐ろしい顔は、今思い返してもぞっとする。


「みんな、しずかに」

秋は口元に人差し指をたてて小声で言う。

 ぷりぷりは包丁を壁に当てながら移動しているようだ。キィィっという不快な金切り音が校舎内に響きわたる。

 このまま静かにやり過ごせば、おそらくぷりぷりもこちらの存在に気づくことはないだろう。


 がん、と大きな音がした。

「あ・・・」

 校長が小さくつぶやいた。それは校長の足先が階段のつま先にぶつかった音だった。


 ――金切り音がやんだ。

 直後、ぷりぷりぷりという声が、階上からこちらに向かって猛スピードで降りてくるのがわかった。


「逃げろ!」

 秋が叫ぶのと同時に、ぷりぷりが階段の踊り場からその姿を現した。「え、かわいい」と花が反射的に言った。


「ぷりぷりぷり!」

 ぷりぷりは明らかに秋と桜子を狙っていた。直たちには一切目もくれず、一目散に秋たちに向かってくる。


「直たちは美術室に!」


 そう叫んだ直後、秋の頭上を包丁が通った。思わず秋は床に尻餅をつく。はらはら、と髪の毛が数本落ちた。続けてぷりぷりは迷うことなく秋に包丁を振り下ろす。

 秋はとっさに足を大きく広げた。

 ガツ、と固い音を立てて、包丁が秋の股の間に突き立てられた。


「あ、あぶねえ・・・」

「秋くん!」

 桜子がとっさに上靴を脱ぎ、それをぷりぷりに投げつけた。するとぷりぷりは包丁を床から引き抜き、今度は桜子に襲いかかろうとする。


「桜ちゃん!」

 今度は秋が上靴を投げつけた。ぷりぷりは怒りで血管を浮き上がらせながら、秋の方へと向き直る。

「秋くん!」

 桜子がもう片方の上靴を投げた。

「桜ちゃん!」

 秋もまた同じことをする。上靴が当たるたびに、宙に浮いたぷりぷりの体が揺れた。

「ぷりぷりぷり!!」


 ついにぷりぷりが本気で怒った。その形相は最初のかわいらしいものとは程遠く、とてつもなく恐ろしいものへと変貌していた。

 秋と桜子は同じ方向に一目散に走り出す。


「どど、どうする?あいつ本気で怒ってるよ」

「ごめんなさいでは、もう済まないでしょうね」

 そう言うと、桜子は覚悟を決めたように秋の顔を見た。

「秋くん、囮になって下さい」

「おとり?」


「――私が、なんとかします」



2.


 廊下の突き当りでは、走り疲れた秋が、座り込んで壁にもたれかかっている。

 ぷりぷりは包丁を構えながら、ゆっくり秋と距離をつめてくる。

「こんのブサぐるみ!」

 秋がやけくそになったかのように言い放った。


 その途端、ぷりぷりは叫びながら猛スピードで秋に突進していく。

 すると突然、教室のかげから桜子が姿を現した。


「・・・ごめんなさい!」


 そう言って桜子は、ぷりぷりの顔面を思い切り蹴り抜いた。それはまるでお手本のような、とても見事な上段蹴りだった。

 ぷりぷりはものすごい勢いで後ろに吹き飛ぶと、ピンボールのように激しく廊下の壁や天井や床にぶつかる。その衝撃でクラス札や壁に貼られたポスターなどが周りに飛び散った。


 ぷりぷりは廊下に仰向けで倒れたまま、「ちくしょう・・・」と低い声でつぶやくと、白目を剥いてそのまま気を失った。


「――すごい」

 秋はぽかんと口を開けながら桜子を見つめた。

「はしたなくて・・・。ごめんなさい」

 桜子は顔を真っ赤にさせてスカートを手でなおした。

「いや、すごいよ。めっちゃかっこいい」

「実は空手をかじっていたことがあって・・・」

「あ、そうなの?」


 秋は桜子の意外な一面をのぞいた気分だった。

 そして、桜子とは絶対にケンカをしないようにしよう、と心に誓った。


「ほんっとにありがと、桜ちゃん。よし、急いでみんなを追いかけよう」

 秋と桜子は階段を上がって直たちを追いかける。


 ――それにしても、桜ちゃんって桜色のパンツなんだな。桜だけに。良いもの見せてもらった。


 秋はこのことは自分だけの秘密にしよう、と再び心に誓った。


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