第30話 キャンプファイヤー
~キャンプファイヤー~
花が目を開けると、視界がやわらかいオレンジ色の光に染まっていた。真っ暗な校舎、真っ暗な体育館にいることに慣れてしまっていた花にとって、それはとても眩しく、暖かく感じられた。
なんだろう、もう朝かな。
「あ、起きた」
花の隣で秋がつぶやいた。花は自分の状況がのみこめず、ぼんやりとした表情で秋の顔を見る。
「おはよう。何だかあったかいね」
秋はそう言った花の顔を見てほっとしたように笑った。
そこで、やっと花はその光の正体を確認してみた。どうやらここは校庭のようだ。
校庭の真ん中には巨大なやぐらがあり、その中で大きな炎が激しく燃えさかっている。
「これって、キャンプファイヤー?」
「そう。俺が目を覚ました時は、ちょうどこいつらが火をつけるとこだったよ」
そう言って秋が周りに目をやるので、花もそれにならった。そこで初めて自分たちの周りにたくさんの首のないサッカー部員たちがいることに気づいた。
花は身構えたが、部員たちは何か仕掛けてくるような様子もなく、ただ楽しそうに火を囲んで騒いでいた。
「サッカー部の人たちだよね?なにしてるんだろ」
「こいつらは合宿中だったみたいだよ。で、今日は打ち上げだって」
「・・・だれに聞いたの?」
「あの人」
秋はキャンプファイヤーの片隅にあるベンチを指差した。そこには顧問らしき先生が、はしゃぐ部員たちを優しい目で見守っている姿があった。なぜかその先生の顔は傷だらけで、ガーゼや包帯が痛々しく巻きつけられていた。
「・・・なんで、あんな大けがしてるの?おばけなのに」
「直たちにやられたらしいよ。あの人は轟っていう先生らしい」
秋は轟を見ながら笑いをこらえるように言った。
「そういえば巴くんは?」
花は周りを見渡す。
「俺が起きたときにはもういなかったよ。多分、他のところにとばされたんだと思う」
「わたしたち今から、校長先生を探すんだよね?」
「そうなるね。これから黒板に聞きに行かないと」
「・・・その前にここですこし休憩だね」
それから二人はしばらくの間、黙って炎とサッカー部たちを見つめる。
おもむろに花が口を開いた。
「――なんだかこれって去年行った林間学校みたいだね」
「そうだね。でも俺たち山に住んでるから、林間学校って言われてもありがたみがなかったなあ」
「まあねえ」
「でも、楽しかったよね」
「うん。みんなでバスに乗るだけでわくわくしたよ」
「直がバス酔いして真っ青な顔してたっけ」
秋は、ビニール袋を持って「まだいける・・・まだ・・・」と呪文のようにつぶやいていた直の顔を思い出す。
「ウォークラリーの時のしゅうちゃんとなおくん、本気だったよね」
「そりゃあ、やるからには他のグループに負けたくないだろ」
ウォークラリーでは先生から配られた地図とクイズの書かれた用紙を持って、グループ毎にそれを解きながら歩いていく。そしていくつかの決められたポイントを一番早く通過したグループが優勝なのだ。
「わたしたち、優勝はできなかったけど、それでもたのしかったよね」
「ああいうのは本気でやった奴だけが楽しめるんだよ。あと氷砂糖がやけにおいしかった。普段はまず食べないし」
「そうそう。川で泳いだり、みんなでごはん作ったり、体育館でレクリエーションしたり。普段しないことがたくさんあったよね」
その中でも、キャンプファイヤーが印象的だった。巨大な炎を囲んで、みんなでフォークダンスを踊ったは、古くさくて小恥ずかしく感じられたけど、学校のみんなと夜に何かをするなんて、特別以外の何ものでもなかった。
「男の子達は女装して踊ってたよね」
「あれは、最悪だったな」
「でもしゅうちゃんの浴衣姿、かわいかったなあ」
「やめてくれ」
秋は小石を炎に投げ込んだ。薪のはぜる音が心地よく響く。
花は地面を靴の先でなぞった。
「・・・あのあと、宿泊棟に戻ってから、しゅうちゃんといっぱいおしゃべりしたよね」
「うん」
生徒が寝る大部屋の前には廊下をはさんでささやかな図書スペースがあった。秋と花は消灯時間の直前まで、そこで他愛のない話をしたのだ。
お風呂上がりでパジャマ姿の花は、いつもとは違う大人びた雰囲気をまとっていた。湿った髪の毛、紅潮した頬、ふわりと香る女の子の匂いは、秋を落ち着かせなくさせた。
「あんな夜中に花と話すことなんて、今までなかったもんなあ」
「どきどきした?」
花は秋の顔をのぞき込んだ。炎の灯りに照らされた花の顔はとてもかわいかった。
「・・・別に、普通」
秋は恥ずかしくなって目を背けた。
「ふぅん」
花は体操座りで体を前後にゆらす。
「・・・しゅうちゃんの初恋の相手ってだれ?」
ふいに花がそんなことを言った。
「へ?」
秋は間の抜けた返事をしてしまった。話題が急に変わったことについていけなかったのだ。
「そんなの、いないけど」
「うそだ。わたしは知ってるぞ」
花は顔の下半分を自分のひざに埋めながら、秋の目をじっと見つめた。
「・・・桜子ちゃんでしょ?」
「え・・・」
秋は突然のことに、焦りと驚きを隠すことができなかった。それ以上、何も言えずにいると、花が上目遣いでその様子を観察していた。
「やっぱり、図星だ」
秋の反応をみて花は確信したように微笑んだ。
「なんで、知ってるの?誰にも言ったことないのに」
秋は観念したように言った。
「そりゃあ、しゅうちゃんとは、ながーい付き合いですから」
花はわざとらしく胸をはった。
「俺だって花の初恋の人はわかるよ。みうら先生でしょ?」
「ぴんぽーん」
「いい先生だったよね。今でも年賀状がくるよ。俺もああなりたいもんだ」
秋は遠い目をしながらつぶやいた。
サッカー部員がみんなで肩を組みながら、左右に体をゆらしている。
部員の一人が、火かき棒を使って丁寧に薪を崩した。
向こうでは轟と、メガネを掛けたおじさんらしき人が笑いながら何か話している。
「――わたしね、転校するんだ」
やぐらの炎が音を立てて一際大きく燃え上がった。
「え・・・?」
秋は一瞬、言葉につまる。とっさに言葉が出てこない。まるで頭を思いきり殴りつけらたような衝撃をうけた。耳の奥がわんわんとうなっている。
「市外に引っ越すことになったの。二学期から。しゅうちゃんのお母さんはこのこと知ってるんだけど、内緒にしてもらってた。わたしが直接、しゅうちゃんに言いたくて」
花は秋と目を合わさないように、炎を見つめながら話す。その横顔はとてもさみしそうだったけれど、どこか清々しさがあるようにも見えた。
「ごめんね、伝えるのがおそくて。ほんとはもっと前からわかってたんだけど・・・なかなか言えなくて」
「・・・そうなんだ」
秋はそれだけ言うと、しばらくはただ無言で炎を見つめた。
「なんか、ショックだな。なんていうか・・・うまいこと返せないや」
「うん」
「でも、スマホとか、手紙とかあるから大丈夫、かな」
「うん」
「あ。それじゃあ、会話ノートも買わなくていいのか」
「・・・うん」
二人はまた黙り込む。
いつの間にか周りでは部員たちがリフティング勝負をしていた。
その様子を、轟と、眼鏡をかけたおじさんが微笑ましく見物している。
「・・・わたし、しゅうちゃんにラブレター書いたことあるんだよ」
「ほんとに?」
「ほんとだよ。小学校一年生のころだけど」
「くれたらよかったのに」
「恥ずかしかったんだもん。でもまだその手紙、とっておいてあるんだよ」
花は恥ずかしそうだけど、どこか得意気に言った。
「だから・・・スマホもいいけど、手紙も書いて欲しいな」
「――わかった」
秋はまだこの気持ちを立て直すことができずにいた。それでも、それを態度にして出すことはかっこ悪くてできなかった。
そういえば、あの林間学校の日からだった。俺が花を「幼馴染」から、「女の子」として意識するようになったのは。
「文通っていうのも、粋ですな」
秋は少しふざけるように言った。
「そうですな」
花も同じように返す。
向こうで部員たちが盛り上がっているのが見えた。どうやらリフティング勝負が終わったようだ。
「花は、その――」
秋は何かを言いかけたが、その前に花がそれを制した。
「しゅうちゃん、あれって・・・」
花は轟と談笑しているおじさんを指差した。
秋はそこで初めて、暗くてよくわからないそのシルエットの人物に目をこらしてみた。
眼鏡をかけて、恰幅が良さそうな人だ。優しそうな雰囲気もある。でも、やけに違和感がある。なんだろう。
「なんか、動きがぎこちない人だな。硬そうというか・・・」
そこで秋は、はっと気づいた。
あれは・・・。
「――校長先生?」
2人の視線に気づくと、校長先生はにこにこしながら、あいさつをするようにこちらに向かって片手を挙げた。




