第29話 花2
~花2~
ここはどこだろう。わたしは周りを見回した。どこかの教室のようだが、とても懐かしい感じがする。
本棚に入れられた絵本、画用紙と折り紙で作られた天井飾り。棚には積み木や、ままごとセット、ぬいぐるみなどがしまわれている。
ああ、そうだ。ここはわたしがかつて通っていた保育園だ。今はもう閉園してしまった園舎だ。
わたしは部屋の空気を胸いっぱいに吸う。懐かしい匂いが心を満たした。それと同時にたくさんの記憶が呼び起こされた。
わたしは担任だったみうら先生を思い出す。若くて、かっこよくて、やさしくて、おもしろくて、おっとりしていて・・・。髪の毛が長く、色白で、体の線も細かったから、まるで女の人みたいな先生だった。
わたしはみうら先生が大好きだった。子どもたちからも、お母さんたちからも人気の先生だった。
わたしはみうら先生によく手紙を書いた。みうら先生も忙しい中、返事を書いてくれた。
みうら先生の字はとても小さく、ひらがなで書いてあっても読むのが大変だった。
でも、わたしはそれがうれしくて、今でもその手紙を大事に取っておいている。
そんなみうら先生も、私たちの卒園(つまり閉園)に合わせて都会の保育園へ行ってしまった。
――げんきかなぁ、先生。
ふと、見ると、部屋のすみっこで小さな女の子が泣いていた。わたしは恐る恐るその子に近づく。
その子は真っ二つに破れた便箋を持っていた。そこでわたしは理解した。
この子は――わたしだ。
そうだ、この時わたしはみうら先生からもらった手紙を、いじめっ子だったしょうへい君に破かれたのだ。わたしはとても悲しくて、一人で静かに泣いたっけ。
すると、そんなわたしのところに誰かが近づいてくる。私はそれが誰なのかすぐにわかった。
――しゅうちゃんだ。
しゅうちゃんは泣いているわたしのとなりにそっと座ると、泣いているわたしの顔を「だいじょうぶ?」と心配そうにのぞき込んだ。その手にはセロテープを持っている。
何も言えず、ただしくしくと泣き続ける私の横で、しゅうちゃんは黙って手紙を直してくれた。
その一生懸命に手紙を直すしゅうちゃんの姿を見ていたら、いつの間にかわたしの涙は止まっていた。
その後、ほかの子から話を聞いて、みうら先生が来てくれた。泣きそうな顔のしょうへい君を連れて。しょうへい君は目に涙を浮かべながら、私に「ごめんね」と言った。
みうら先生はめったに怒らなかったが、怒るととても怖かった。わたしは怒られたことはなかったけど。
みうら先生はセロテープだらけの手紙を見ると、微笑みながら「ありがとう」と言ってしゅうちゃんの頭をなでた。
そして、みうら先生はまた手紙を書き直して持ってきてくれた。私は破れた手紙と、書き直された手紙の両方を、今でも大事に取っておいてある。
思えばあの時から、しゅうちゃんは私のそばにいてくれてたなあ。
どこからか、みうら先生の声が聞こえる。
「大事なことは、お口で言わないと伝わらないよ」
――そこでわたしは目を覚ました。




