第28話 巴の策
~巴の策~
「――わたし、むり。できない」
花が真顔で訴える。
「いや、ダメだ。君がボールを投げない限り、次の子に順番はまわさないよ」
光石は有無を言わさない口調で言った。
「・・・しゅうしゃん」
花は泣きそうになりながら秋を見る。
「花、やるしかないよ。目をつむって投げるんだ。入らなくてもいいから」
「むりだよお・・・。むりむり」
「さっきキャッチしたじゃないか」
「・・・やめて。いわないで。わたしは何もさわってない」
花はさっきの出来事を認めたくないのだろう。はっきりと否定した。
「じゃあ、俺が花にボール(頭)を渡すよ。俺が触れるんだから、花も触れるだろ?」
秋は花の足元にあるボール(頭)を拾い上げようとする。
しかし、それよりも先に、巴が黙ってそれを拾い上げた。
「ともえくん・・・?」
巴は黙ってボール(頭)を花に差し出す。その手は恐怖のため、小刻みに震えていた。
「うう・・・」
花はそんな無理をする巴の姿を見て、ついに覚悟を決めたようだ。聞いたことのない低音でうなりながらも、何とかボールを受け取った。
巴は花にボールを渡すと、そのまま体育倉庫の中へと消えていった。きっと隠れて泣くつもりだろう。
「素晴らしい!あの子の小さな勇気に拍手だ!」
光石が褒めたたえるように叫んだ。
「しゃべらないで!手に振動がつたわるから!」
花が怒鳴った。秋は花が怒鳴るところを初めて見た。そんな花の迫力に教師の光石も気圧されたようで、「シュートのタイミングはご自由に」と言うと、そのまま無言になった。
花は怒らせないことにしよう、と秋は心に誓った。
「い、いい、いくよ」
花が震えながら両手でボールを構えた。こう見えても、花は運動神経が良いのだ。
距離は普通のフリースローより近いし、落ち着いて投げれば、きっと入る。
秋はあえて声はかけなかった。というよりも、とても声をかけられる雰囲気ではなかった。
ぐ、と花は震えるヒザを軽く曲げ、足に力を込めた。あとは全身をバネにしてボールを投げるだけだ。
3、2、1――
べろべろべろべろ。
「―――っっ!!!」
突然のことに、花は声にならない悲鳴を上げ、その場でボールを投げ捨てた。そして、そのまま秋に駆け寄り抱きついた。
「ど、どうしたの?」
秋は突然のことにとまどいながら尋ねた。
「ななな、な、な――」
花は口をぱくぱく動かしながら何とか声を出そうとする。
「な・・・なめた」
「・・・なめた?」
秋の言葉に花はぶんぶんと首を縦にふる。
「な、なめた。べろんって・・・」
「え!なめられたの!?舌で?」
秋がやっと意味がわかって驚くと、花はそのまましくしくと泣き出した。
「いや、すまない。あまりにかわいい手だったので。ついつい舐めてしまったよ!」
光石は爽やかに笑った。
秋はそのセリフを聞いて心からドン引きする。
「おいおい、そんな怖い顔でにらまないでくれよ。もしかして君はその子の彼氏かい?彼女の手はとてもおいしかったよ」
とりあえず秋が殴りかかろうとボールに向かって駆け出そうとしたその時、いつの間にか背後にいた巴が秋の服をつかんだ。
「・・・どうしたの?」
秋は巴の思わぬ行動に驚きつつも聞いた。
すると、巴は無言でバームクーヘンみたいなものを取り出した。こんな時こそ甘いものでも食べろってか。
しかし、もちろんそんなわけはなく、改めて見るとそれはガムテープだった。体育倉庫にあったのだろう。
「これは・・・」
こくりと巴はうなずいた。
「・・・なるほど」
これは良いアイディアだ。それに光石への仕返しにもなる。
秋は素早くボール(頭)を拾い上げると、まずは光石の口をガムテープで塞いだ。
「ぐむむむ」
光石は目を見開いて驚く。しかし秋は、その目もガムテープで問答無用に覆い隠した。
けっきょく、秋は光石の頭の全てをガムテープでぐるぐる巻きにしてしまった。
「おばけだから、窒息しても死なないだろ。もし静かにしてなかったら、色々と後悔させてやるからな」
秋が冷たく言うと、部員たちはしゃがみこんで震え始めた。
秋は巴に向かって「ナイス」と親指を突き立てると、巴もそれに応じた。
――よし。あとは、自分次第だ。
秋はガムテープの塊と化したボール(頭)を構えた。落ち着いて投げれば入るはずだ。
正直、バスケは専門外だ。放課後に直とバスケで遊んだりはしているが、大してうまくないことは自分でもよくわかっている。
手が汗でじっとりと湿る。暗くて静かな体育館に、自分の心臓が緊張で激しく音を立てているのがわかった。
花にこの音は聞こえているだろうか。もし、聞こえてたら、かっこ悪いな。
口がからからに乾く。自分の体の感覚が頼りなく感じられた。手や足に力が入らない。
――外したら、死ぬ。
死ぬという言葉に現実感はなかったが、十分プレッシャーにはなった。
きっと、巴ではゴールネットにすら届かないだろう。自分が決めるしかない。
秋は思い切ってボール(頭)を放った。
すると、ボール(頭)は音もなく、危なげもなく、あっさりとゴールネットを通過した。
「あ・・・入っちゃった」
あまりのあっけなさに、秋はそうつぶやいていた。
何だ、大したことないじゃん。何をビビっていたんだろ。
緊張が一気にとけ、全身の力がぬける。
花と巴が秋に駆けよる。花の顔は涙でぐしゃぐしゃだった。
「しゅうちゃん、すごおぉーい!」
「いや、ラッキーだったよ。巴くんのおかげだね」
秋は巴とハイタッチした。花は鬼のような顔でボール(頭)をにらみつけている。どうやらショックから怒りに気持ちが切り替わったらしい。
「さ、はやくいこ」
花が歩き出したその時――。
おびただしい量の髪の毛が床一面にあふれ出した。
その大量の髪の毛は、まるで生きているかのように動き、秋たちの足や腰に絡みついてきた。
「な、んだ、これ・・・」
三人の体が、ずぶずぶと髪の毛の海に沈んでいく。
「しゅうちゃん!」
花の叫びもむなしく、三人はそのまま髪の毛の海に沈んでいった。




