第27話 茜の策
~茜の策~
「――なぜですか?」
桜子が足元に転がるボール(頭)を見ることなくつぶやいた。
「やあ、なんでと言われてもなぁ、順番はこちらが決めるからぁ。まずは君からなんだよぉっ」
頭(轟)は困ったように説明をする。
「大丈夫だぁ。このボールをゴールめがけて思い切り蹴るだけでいいんだよぉ」
「なぜですか?」
「だからぁ・・・」
さきほどから続くこのやりとりに轟はうんざりしている様子だ。桜子はまだ自分の置かれた状況が理解できずにいた。
「おいおい、あのセンパイが駄々をこねてる姿なんて、滅多に見られねぇぞ」
直が興奮するように茜にぼそりと話しかけた。
「つまりそれだけ、パニックになってるってことね」
「ああ。ちょーレア。それでも取り乱さないあたりはさすがだけどな」
直は両腕をさすりながら、つま先で地面を軽く蹴った。
「こりゃあ、俺たちのどっちかが決めるしかねえな・・・」
「先輩があんな調子だと、そうなるわね。あんた、サッカー得意なの?」
「いや、正直うまくはねえ。サッカーは秋が得意なんだ。俺の専門はバスケ」
そう言うと直は、直立不動で立つ桜子に、後ろから声をかけた。
「センパーイ!もういいよ。あとは俺たちがやるから」
すると、桜子がゆっくりとこちらをふり向く。
「・・・なぜですか?」
「・・・だめだ、こりゃあ」
直は放心状態の桜子をなんとか茜のところまで連れ戻した。轟は「なんだぁ・・・」と残念そうに桜子を見送った。
「じゃ、次は俺がやればいいんだろ?」
直が前に出る。轟は地面の石を口にくわえ、ぷっと吹き出して遊んでいる。
直は足裏でそんな轟の頭を転がした。ぐにゃりとした気味の悪い感触が足裏から伝わる。
「やあ、目が回るなぁ」
ゴール前には轟(体)が自分の両拳を当てながら準備態勢に入っていた。
――さすがにこいつの顔面は、蹴りたくねえな。気持ち悪すぎる。
直は轟の顔をゴールに向けさせた。
「ダメだぁ。俺の顔を蹴るんだぁっ」
轟はごろりと頭を転がしてこちらに向き直った。
「何でだよ!」
「なぜなら俺が先生だからだぁ。俺がルールブックなんだぁっ!」
「上等だよ!変態教師!てめえの顔面、粉々にしてやるぜ!」
「いい意気だなぁ。それじゃあ、始めてくれていいぞぉ」
直はボール(頭)から距離をとった。
「いっくぞおおぉ!」
直は助走をつけて、そのまま勢いよく思い切りボールに蹴り込んだ。
「――いっっってえ!」
直後、直が叫んだ。そして蹴ったはずのボールが、なぜか直の足にぴたりとくっついている。
「――このクソ教師っ、俺の足に・・・噛みつきやがった!」
直は痛そうに片足を上げてぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「ふふふ。ははひふは、ひまもはんへひふ、はな(正しくは、今も噛んでいる、だな)」
轟が直の足に噛みついたまま、もごもごと言った。
――しばらく問答したあと、轟はやっと直の足から離れた。
「てめぇ!こんなのアリかよ!」
直が怒鳴る。さっきまでとは違い、その顔は怒りのあまり赤く染まっていた。
「アリだ。なぜなら・・・」
「もういい!くたばれ!ってああ、もうくたばってんのかクソ!」
直は憤然としながら座り込み、靴と靴下を脱いで噛み跡がついていないかを入念に確認する。
「バっカみたい。なに真面目に相手してんのよ。あんな変態なんかに。要は勝てばいいんでしょ、勝てば」
茜がそんな直を見下ろしながら、あきれたように言った。
「なんだよ、お前なら不真面目に勝てるってのかよ」
「もちろんでしょ。あいつ、ルールの後出しが好きみたいだから、その前にこっちから仕掛けてやればいいのよ」
「どういうことだよ?」
「まあ、見てなさいよ」
2人が話している間に、轟の頭は自ら定位置へと転がっていく。茜はボール(頭)のあるところへすたすたと歩いて行った。
「よぉし、お前で最後だなぁ」
轟(頭)が茜を見つめる。よほど女の子に蹴られるのが嬉しいのか、その顔はにやにやと笑っている。
しかし、そんな轟の表情が少し曇った。
「あれ・・・」
――ぐちゃ。
轟がそう呟いた瞬間、茜が轟(頭)の顔面を、かかとで思い切り踏みつけた。
ぷぎゃ、と轟は不思議な声をもらす。
そして、「ま、待っで・・・」という轟(頭)の顔面を、茜は容赦なく、何度も踏みつけた。
PK役の轟(体)もそれに合わせて、もがき苦しむようにごろごろとグラウンドを転がりまわる。
すでに轟の顔は血だらけで、歯はボロボロにへし折られ、まぶたや鼻や唇は焼いたお餅のようにぷっくりと腫れあがっていた。
そのまま茜は無言で、赤く染まったボール(頭)を蹴った。轟(体)はぴくぴくとけいれんして倒れたまま動かない。
ボール(頭)はコロコロと不規則に転がり、ゆっくりとゴールに吸い込まれた。
「はい、私の勝ち」
茜は無表情でピースサインをした。それを見た部員たちがあわてて轟の頭の方へと駆け寄る。
「・・・お前、すっげえな」
戻ってきた茜に、直があっけにとられつつも感動した様子で声をかけた。
「べっつに。確実に勝てる方法を選んだだけよ」
直は、「うーん、うーん」と苦しそうにうめいている轟を、にやついた顔で見た。
「さすがのマゾも予想以上のサドには勝てなかったか・・・」
しかし、轟は白目を剥いたまま笑顔で気を失っていた。どうやら奴も、想像以上のマゾだったようだ。
そんな直たちの足元には、おびただしい量の髪の毛が絡みついていたのだが、まだPK戦の余韻もあって、そのことに誰も気づいていなかった。




