第25話 P・K
~P・K~
桜子はゆっくりと目を開けた。すると目の前には、心配そうに桜子の顔をのぞき込む直と茜の姿があった。
「大丈夫かよ、センパイ?」
信じられないことに、桜子にそう問いかけた直の吐息が白い。
「ええ、何とか」
桜子がそう答えた時、自分の口から出る息も白くなっていることに気づく。真夏だというのに寒くて舌が上手くまわらなかった。
桜子はぼんやりとする頭にとまどいながら何とか起き上がろうとする。体中が冷えて固まっているせいか、ひどくだるい。いったい私は、どうしたのだろうか。
「私は・・・」
桜子がそう言いかけると、直が寒さで震えながら状況を説明する。
「俺たちはグロ部員たちにでっかい穴に落とされたんだよ。で、意識がぶっとんで・・・気がついたらここに倒れてたってわけ。多分、センパイはその前から意識ぶっとんでたけど」
「ここは・・・どこですか?」
「校庭だよ」
今度は茜が答えた。
桜子があたりを見回す。桜子たちはなぜか真っ暗な校庭の真ん中にいた。校庭はしんとしており、真夏にも関わらず異常に寒い。
広いグラウンドは不気味な闇と静寂と冷気に包まれ、それがより一層の恐怖感をあおった。
「秋くんと花ちゃん、それに巴くんがいないですね」
そう話した桜子は、次第に自分の頭の中がはっきりしていくのを感じた。
「俺たちが起きた時にはいなかったぜ。きっと違うところに飛ばされたんだよ」
「・・・正直、死ぬかと思いました」
桜子が改めて感想をもらした。
「そりゃあ、あんなとこに落とされたらな」
直も同意した。暗いのでよくわからないが、その顔色は青白い。この寒さのせいもあるが、いまだ穴から落ちたショックから立ち直れていないのだろう。そしてそれは桜子も同様だった。
「それよか、早く移動しようぜ。どうせ、校庭が寒いのも12不思議の1つなんだろ。これ以上ここにいたらアイスキャンディーになっちまう」
直がせかすように言った。どうやら桜子が目覚めるまで恐怖と寒さに耐えながら待っていてくれたようだ。
「そうですね。遠藤君、ありがとう。ごめんなさい」
桜子がお礼と謝罪をすると、直は顔をそむけて、「だって、凍ったセンパイなんて見てらんねぇだろ」とぶっきらぼうに返した。
「あんたも、門の外が見られてよかったじゃない。見たい見たいってバカみたいに言ってたもんね」
茜は寒がる様子もなく直を皮肉った。
「まあな。でも、さすがの俺もあんなやべぇ穴に落ちたいとは思ってなかったぜ」
――突然、笛の音がグラウンドに鳴り響いた。桜子たちは驚いて反射的に耳をふさぐ。
「しゅーごおおおおっ」
そう叫んだのは先生らしいやけに青白い顔の男だった。気づくと周りには首のないサッカー部員が集まっている。
「うすっ!」
部員が号令に応える形で整列した。
「うっげぇ・・・またかよ」
直がげんなりするように毒づいた。
「えー。どうもぉ、こんばんは。私がぁ、サッカー部顧問のぉ、轟でえすっ」
轟と名乗った先生は、変な語尾の伸ばし方で自己紹介をした。
「えー。今から君たちにぃ、ちょっとしたゲームをしてもらいまぁすっ」
「ゲーム・・・?」
茜が不安そうに聞き返す。
「はぁい。それはPKでえすっ」
轟が指差した先を見ると、そこにはゴールポストがあった。更にそこには手袋をした首のないゴールキーパーが肩のストレッチをしている。
「はいはぁい!」
轟は手をぱんぱんと打ち鳴らすと、説明を始めた。
「ルールは簡単。君たちがぁ、一人一回づつシュートを打ち、一人でもぉ、ゴールを決めることができたらぁ、君たちの勝ちでぇすっ。その時は見逃してあげまぁすっ」
轟はせき払いをして続ける。
「しかしぃ、もし君たちが負けたらぁ、君たちの首をもらいまぁすっ」
はあ?と直がすっとんきょうな声を上げた。
「何だよそれ!それじゃあ、あまりにもあまりにもだろうが!ペナルティが重いんだよ!ゲームの意味わかってんのか!」
なあ、センパイ!?と直は隣にいる桜子に声を掛けたが、桜子はショックで無言のまま固まっている。首無し部員はやはり刺激が強すぎたようで、もはや意識がこっちにあるのかもあやしい。
「要はぁ、勝てばいいんです勝てばぁっ」
それに合わせるように部員たちが体全体でうなずいた。うなずくことでその首のリアルな断面がはっきりと見て取れた。
どうやらやるしかないと悟った直は、思い切り舌打ちをしてから地面につばを吐いた。
「勝ちゃあいんだな。やってやんよ。ただ、一つだけ納得できねえのが、何でてめえだけ首があるんだよ!」
「それは、俺が先生だからでぇすっ。ちなみにキーパーも先生がやりまぁすっ」
「理由になってねぇよ!じゃああのキーパーの意味ねえじゃねえか!」
直はゴールポストでストレッチをしているキーパーを指差して叫んだ。
「あ。足、腕、首のストレッチはしておけよぉ。ま、こいつらには首がないけどな。その分、ストレッチは君たちより楽でお得だよなぁっ」
首のない部員たちからどっ、と笑いが起きた。しかし、キャプテンと轟以外の部員は声を出せないようだ。無音でも場が沸くのがわかるということが、とてもこっけいに感じられた。
「・・・ボールはどこだよ?」
直はそれに一切笑うことなく話を進める。
「あ、すまんすまん。ボールは、これだぁっ」
そう言うと轟は自分の頭を両手で掴み、ゴキゴキと鳴らし始めた。すると次第にブチブチと気持ち悪い音を立てながら皮膚がちぎれ、轟の頭が自分の首から離れていく。不思議なことに血は出ていない。
そしてずるりと轟の頭が取れた。轟はそれを大事そうに自分のお腹の前で持ち直す。
「先生の頭だからといって遠慮なんかせず、思い切り蹴ってくれぇ。もちろん蹴られたら痛いが、大丈夫だぁ。先生・・・痛いの好きだから」
自分の腕におさまった、轟の顔がにやりと笑って言った。部員たちは、顧問の言葉に腹を抱えて笑っている。
「うるせえ!大体サッカー部の奴らは髪の毛をいじりたおすのが生きがいだろうが。いつもバカみてぇにベタベタと頭にワックスつけやがって。それなのに頭が無いってアホじゃねえのか!」
直が偏見にまみれた怒声をあげて一喝すると、部員たちは悲しそうに肩を落としてションボリとした。
「おいおい、うちの子たちをいじめないでくれよなぁっ」
轟が諭すように言った。
「夢なら醒めてくれ・・・」
直はしっかりくっついている自分の頭を抱えて嘆いた。




