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第20話 片腕教師

 ~片腕教師~


「――あん?」


 直が顔をしかめて廊下の先を見つめた。


 それは直の視力がここ最近で落ち気味なのが原因なのだが、その形相はそこら辺の小中学生なら一発で震え上がらせるほどの迫力があった。


 その顔を見て巴がびくりと反応する。

 しかし、花にとって直のそれは見慣れたいつもの表情なので、何も気にすることなく普通にたずねた。


「なにか、いたの?」

「いや、何かいたというか、いたような気が・・・」

 直は顔を前へ突き出して、なおも凝視する。

「え、おばけ?」

 花があたりを意味もなくきょろきょろと見回した。


「いや、気のせい・・・か?」

「それより、その顔なんとかしなさいよ。おばけよりタチ悪いんですけど」

 茜がたまらずつっこんだ。

「うるせえよ。俺の母ちゃんに謝れ」

 直はそれを軽く切り返した。どうやらいちいち言い返すのは得策ではないと悟ったようだ。


「あーあ、お前らが教師から逃げなきゃ状況はだいぶマシになっただろうに」

 教師嫌いで有名な直がそう言ったので、花は思わず吹きだした。しかし、それだけ直も心細いのだということがわかり、花は改めて不安が大きくなった。


「だから、それは説明したじゃない。ここには勝手に忍び込んでいたから、もし先生に捕まったら、巴が怒られると思って・・・。それにその時はおばけがいるなんて知らなかったし・・・」


 茜は少しバツが悪そうに弁解した。しかし、花はこの時、茜の言葉に違和感をおぼえた。それが何かはわからなかったが、茜は何かを隠している、と直感した。


 しかし、直は「それもそうだな・・・」素直にその言い分を認めた。普段、教師に怒られる立場として、そこは深く責めることができなかったようだ。


「でも、その先生ってだれだろう?宿直の先生かなあ」

 そもそも、こんな旧校舎に宿直の先生なんているのかわからないけど。

「さぁな。ま、しかし。いい情報じゃねえか。教師に会ったらよろしくしてやろーぜ」

 直が威勢良く言った。それがおかしくて花はまた吹きだす。


 ちょいちょい。

 突然、巴が直の服をひかえめに引っぱった。


「ん?どした?」


 直が聞くと、巴は黙って前方を指差した。なぜかその指は震えている。


 見ると、前方に男が立っていた。

 花たちは突然のことにびくっと体を震わせる。


 その男はワイシャツにネクタイ、ジャージという教師のステレオタイプな出で立ちだった。見た目は三十代後半といったところで爽やかな雰囲気をまとっている。見たことはないけれど、初等部の先生だろうか。


「よお。お前たち、何してるんだ?こんなとこで」


 その教師らしき男は花たちがここにいることをとがめる風でもなく問いかけた。


「いや、ちょっとね。あんた先生か?」

 直が男からの質問を適当に流して、すぐに質問をぶつけた。これで花たちがここにいる理由はうやむやになった。


「ああ、俺は先生だ。それよりもその理由じゃ納得できないぞ。なんでここにいるんだ?」


 しかし、実際はそんなに甘くはなかった。直はしぶしぶ話す。


「旧校舎を見学にきたんだよ。ちゃあんと先生様の許可はとってあるぜ」

 直はあらかじめ用意しておいた説明をする。

「旧校舎?見学?本当か?」

「ほんとうです。山中先生と一緒に入ったんです。先生は図書室にいます」

 花が加勢した。

「ね、あかねちゃんもだよね?」


 花は茜を見る。しかし茜は巴を連れ、顔をふせながら無言で後ずさりを始めていた。


 もしかして、茜ちゃん達がさっき逃げていた先生って・・・。


「そうかそうか。わかったよ。お前達が嘘をついてないのはわかった。信じる。よし、それじゃあ先生と一緒に図書室まで行こうか」


 男の教師はそうあっさりと言って白い歯を見せて笑った。笑顔の質、歯並び、共に完璧だ。

 しかし、花にはその完璧さがうさん臭く見えた。


「おっしゃ。そりゃ助かるぜ」

 直はほっとするように息をはいた。今までずっと気を張っていたが、大人の存在を得たことで安心したようだ。


「でも、この校舎、変な奴がいるんだ。気をつけてくれよ」

「・・・変な奴?」

 男の教師が不思議そうな顔で聞き返す。

「そう。絵がしゃべったり、白い変なやつがいたり」

「何だそれ?白いって、貧血か?」

 男の教師はそう言いながら、ふと、茜たちの存在に気づいた。


「あれ、お前は・・・」


 茜が怯えるように息をのんだ。体を小刻みに震わせている。

 ・・・あかねちゃん?


 花がそう声をかけようとした、その瞬間だった。


 ――ぼとり。


 教師の服の(そで)から何かが落ちた。


「え・・・?」

 花と直は同時に間の抜けた声を発する。なんだろう?なにか、落ちた。


 最初、それは巨大な細長いさつまいものように思えた。しかし、それにしてはやけに弾力のあるさつまいもだ。まるで大きなゴムのような感じ。

 もしかして、まるごと巨大干し芋かな、と花は考えたが、もちろんそんなことはなかった。そのさつまいもからは長い指が、そして指先にはピンク色の爪が五枚、きちんと張り付いていた。


 それは間違いなく・・・腕だった。


「ああ、すまんすまん」

 男の教師はそれに対して全く気にするそぶりもなく、残った片腕で自分の頭をぽりぽりとかいた。


「あーあ。いいところだったんだけどなあ。ほんっとすぐ落ちる腕だ」

 どれ、よいしょ・・・と言って、男の教師はかがんで自分の腕を拾った。


「あ、あ――」

 花は口をぱくぱくさせるが声を発することができない。直も「いや、いやいやいや」とは言っているが、その先の言葉が出てこない。今見たものが信じられないのだ。


「ふう。さて、これからどうする?逃げたほうがいいぞぉ。ちなみに。先生に捕まったら、お前ら死んじゃうからな」

 にこり、と爽やかに男は笑った。


「いやいやいやいや!待て待て待て待て!」

 直がそう叫びながら、花の肩を激しく二回叩いた。花はそれではっと我に返る。茜たちはすでに走り出していた。


「逃げろ!」


 直の言葉を合図に花は走り出した。後に続いて直も走り出す。


「そうそう。そうこなくちゃな。しっかり逃げろよぉ」

 そう言って片腕教師は、にこにこと笑いながらスキップで追いかけてきた。スキップなのに花たちと互角といえるほどの、異常な速さだった。


「あ。先生さっき、捕まったら死ぬって言ったけど、実際は捕まったら殺しちゃうってことだからよろしくなぁ」

「だろーな!くたばれクソ教師!」

 直が絶叫した。

「なおくん、わたし、だめ。走れない」

 花が震え声でつぶやいた。あまりのショックに足がもつれてうまく走れないのだ。

「バカ!」

直は花の手をつかみ、その手を引っ張りながら全力で走る。

「足がちぎれてもいいから走れ!あとで俺がくっつけてやる!」

「そんな、むちゃな」


 花は泣きそうな声で弱音をはいた。白い人から逃げたときの足の疲れがまだばっちり残っている。足が重りをつけているかのように重い。日々、生活をしていて、全速力で走ることなんてめったにないのに。

 ローラースケートでも履いてればなあ、と花は足を機械的に動かしながらそんな場違いなことを考えた。


 気づくと花と直は、茜たちに追いついていた。茜も直と同様に巴の手を引っぱりながら走っている。巴は逃げ始めから無言だったが、それでもその表情からパニック状態になっているのがわかった。


「よお!先に逃げるとはずいぶんと薄情だなぁ!」

「なによ、あんた先生に会いたがってたでしょ!良かったじゃない!一緒に下校でもしなさいよ!」

 茜が直に嫌味をぶつけた。巴は人形のように引っぱられ、なすがままに走っている。

「うるせえよ!だから教師は嫌いなんだよクソッタレ!」

 直たちがそう言い合っている間も、片腕教師はしつこく後ろから追ってきている。


「ははははは!たーのしーなあ」

 それを聞いた直がまた絶叫する。

「あいつ、脳みそ、沸いてるぞ!」

「それならあんたと気が合うじゃない!よろしくしなさいよ!」

 

 花たちが階段にさしかかろうとしたところで、突然、壁から声が聞こえた。


「あんたたち、この階段を降りなさい!」


 声は額縁(がくぶち)に入った絵から聞こえていた。その絵は明らかにモナリザをモチーフにしたような自画像で、自画像の中の女性は両手を重ねて組んでいる。それでもその人差し指は、必死に下を指差していた。

 花たちは迷わずに階段を駆け下りる。


「ロバートに頼まれたの。あとは任せてちょうだい!」


 自画像がそう声を掛けた瞬間だった。花は階段を踏み外して、直を道連れに思い切り踊り場まで転がり落ちた。


「・・・いったあ」

 花はそう言ってうめき声を上げた。そのあまりの転び方に思わず茜たちも立ち止まる。

「ちょっと、大丈夫!?」

 茜が叫んだ。

「うう・・・」

 直も痛そうに腰をおさえてうめく。転ぶ瞬間、とっさに花をかばったのだ。


「あーらら。急ぐから転んじゃうんだぞ。廊下は走らない。当たり前のことだぞ」

 気づくと、鼻歌を口ずさみながら教師が階段上からこちらを見下ろしていた。

「さて、これで終わりだなっと」


 教師がそう言ってゆっくり階段を降り始める。花は観念して目をつむり、息をのんだ。


「寝言を言いなさんな!」


 突然、自画像の女性が叫んだ。するとそれを合図とするかのように、階段が上りエスカレーターのように動き始めた。


「お、お」


 教師が戸惑いの声を上げ、あわてて階段を駆け降りこちらに来ようとする。しかし、階段もそれに合わせてぐんぐんとスピード上げ動き始めた。まるでルームランナーの嫌がらせ状態のようだ。


「うお、お、お、」

 教師が必死に足を動かすが、だんだんと追いつかなくなってきた。


「あなたたち!今のうちにお逃げ!」


 その言葉に直が反応し、立ち上がろうとする。それを見て花と茜が急いで直に肩をかした。


「ありがとう!」

 花はお礼を言うと、直を半ば引きずるようにして残りの階段を駆け下りる。


 花たちが廊下を走る頃には、片腕教師の「うおおおおお」という叫び声が校舎内にこだましていた。


次回は21日の23時に更新予定です。起きてて下さい。

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