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第21話 桃子3

~桃子3~


 空はすでに黄昏色に染まっていた。あたりはセミの鳴き声と川の流れる音がこだましている以外はとても静かで、一日の終わりが近づいているのを感じさせる。強い日差しもこの時間になると影を潜め、涼しい風が吹くようになっていた。


 桃子はいつものように小さな滝がある(ほこら)の前を通ろうとしていた。しかし、いつもと違う光景に足を止める。


 なんだろう、あの子。


 祠の前に(はかま)を着た小さな女の子がいた。その子はしゃがんで顔を自分のひざに埋めていたが、桃子が様子を伺うようにゆっくりと近づくと、まるで桃子を待っていたかのようにそっと顔を上げた。


「こんにちは、桃子」


 その瞬間、桃子は察した。そして、後悔する。

 ああ、しまった。久しぶりのことで油断していた。この子は、


 ――この世のものではない。


 桃子は走り去ろうかと考えた。それらの存在と目が合い、話しかけられただけでも充分に面倒くさいことになってはいるが、まだ私は応答をしていない。今ならまだ間に合う。

 しかし、そんな桃子の考えを見通すかのように、その女の子はこんなことを言った。


「大丈夫。あたしはあなたの味方。あなたが思っているような忌まわしいモノではない。清くて尊いモノ」

「・・・どういうこと?」

 思わず、桃子は話に応えてしまった。これで後戻りはできない。面倒くさいことになった。


「あなたの秘密は知っている。あなたは普通の人が見えていないものが見える。そんな素敵な目を持っている」


 なんで、そのことを知っているの。このことは秋と、桜子しか知らないはずなのに。


「いま、旧校舎で大変なことが起こっている。あたしはあなたを待っていた。そのめんどくさがりな性格、直した方がいい。あたしはあなたがもっと早くここを通ると思っていた」

 その女の子は少し皮肉っぽく言った。


「・・・旧校舎で大変なこと?」


「そう」と女の子は桃子が自分に興味を示してくれたことに喜んだ。そして嬉々(きき)として説明を始める。


「旧校舎にいた一人の魂が起きてしまった。きっとあなたたちの学校が今日で廃校になってしまったことが原因。それによって存在しない者たちまでもが力を得てしまった」


 それだったら近寄らないに限る。桃子はそう確信して(きびす)をかえそうとした。


「――そして桃子のお姉さんや、好きな人、その友達が旧校舎でその者たちに襲われている」

「え・・・?」

 何でまたそんなことに。そうなるとまた話が変わってくる。いくら面倒くさがりな性格だからといって、その二人を見捨てるほど自分は薄情ではない。


 ――その二人以外はどうでもいいんだけど。


「今からあたしと旧校舎に来てほしい。早く助けないと、あの子達は今日という時間に取り残されてしまう」

 桃子は不思議と、その子は真実を話していると思うことができた。


 と、いうことは。うまく助けたとしても、帰るのは確実に夜遅くになるだろう。そうなると、桃子を含めたみんなのアリバイを作っておく必要がある。

 桃子はため息をつきながら自分の携帯電話を取り出した。


 ――秋と花の母さんには、秋と花は私の家に泊まると伝えておこう。私の母さんには、私たちは花の家に泊まると言っておけば問題はない。私としては不本意だけど。

 遠藤クンは・・・別にいいか。そもそも家の電話番号も知らないし。あの人ならどうとでもなるだろう。


 桃子は電話をかける前に、大事なことを二つ、その女の子に尋ねることにする。

「なぜ、あなたは私たちを助けようとしてくれるの?あなたには関係ないことなのに」

 女の子は小さく首を振ると、そっと桃子の手をつかんだ。その手は氷のように冷たい、という桃子の予想とは違って、陽ざしのように優しい温かさをもっていた。


「私はこの土地の神。八百万の神の一人。元あった祠を失い、更には土地の者からも忘れられた小さな存在。それでもあなたはいつも、私に手を合わせてくれている。だから私は消えないですんでいる」


 小さな滝の横にある同じく小さなこの祠。桃子がいつも寄り道をしているお気に入りの場所。桃子にとってはそれ以上の存在ではなかった。

 しかしこの祠は、それ以上に意味のあるものだったのか。


「だからあたしは、あなたとあなたの大事なものを守ると決めている。今がその時」

 女の子の目からはその幼い容姿や、あどけない話し方からは想像できないほどの強い意思が感じられた。桃子はもう一つの大事なことを女の子に確認する。


「あなたの、名前は?」

 すると女の子は優しくほほ笑んだ。

「あたしの名前は、木乃香ノ神御言ノ姫」

 面倒な名前だ、と桃子はまず思った。


 さて、どうしよう。神様をあだ名で呼ぶのも失礼だろうし。神様、とでも呼んでおけばいいのかな。

 すると、女の子はくすくすとおかしそうに笑った。


「あなたの考えることは大体わかる。いちいちその名前で呼ぶのも面倒だと思うから、このか姫と呼んでくれればいい。私も神様と呼ばれるのは何だかくすぐったい」


 桃子はその言葉に一安心した。うん、それなら楽で良い。


「さあ、いこう、桃子」


そういって、このか姫は桃子の手を取って歩き出した。


次回は22日の0時に更新します。眠くて誰も読まない気がします。

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