9.二度目の求婚
ダンスが終わると、アルベール様とともに壁際に下がる。
「少し外の空気を吸わないか?」
「はい」
アルベール様にエスコートされて向かったのは、大広間に隣接するバルコニーだった。
涼しい夜風が頬を撫で、ダンスで熱を帯びた肌を心地よく冷ましてくれる。眼下には手入れの行き届いた庭園が広がり、噴水の水面が月明りを受けてきらきらと輝いていた。
「疲れただろう?」
「いいえ。とても楽しいです」
私は素直に答えた。
「こんなに楽しい夜になるなんて思ってもいませんでした。アルベール様が誘ってくださったおかげです」
「それならば誘った甲斐があった」
穏やかに微笑むアルベール様にドキリとする。
不思議な感覚だが、この方と一緒にいると無理に自分を取り繕う必要がない。それでも私に向き合ってもらえる。何でもないことかもしれないが、それがこんなにもうれしいことだとは思わなかった。
「アルベール様」
「何だ?」
「私は自分が何をしたいのか何が好きななのか、まだよく分からないですが、思うとおりに生きてみたいと思っています」
「君ならできるだろう。必要であれば私も手伝おう」
その迷いのない言葉を素直にうれしいと思った。
「ありがとうございます。アルベール様とお話していると、これから先のことが楽しみになるんです」
今の言葉はただのお礼ではない。私はもっとこの方と一緒にいたいと願っている。
アルベール様はしばらく私を見つめていたが、やがて静かに口を開いた。
「アリシア嬢。以前、私は君に結婚を申し込んだ。今もその気持ちは変わっていない」
「はい」
彼が私の前に立ち、真っ直ぐに見つめてくるので、胸の鼓動が早くなる。
「君が自分の人生を選びたいと思っていることは知っている。だからこそ、改めて聞きたい」
私の目の前には、差し出されたアルベール様の手がある。
「アリシア・クロスフォード侯爵令嬢。私と結婚してほしい」
ドクンと心臓が大きく跳ねた。
初めてアルベール様に求婚された時、私にその資格があるのかと考えた。婚約を解消されてしまうような私に、誰かの妻になることができるのかと……。
しかし、今は違う。
私はこの方との未来を想像している。
「……私で、よろしいのですか?」
アルベール様は優しく微笑み、頷く。
「君でなければ意味がない」
「本当に?」
「私は君と一緒にいたい。君が何を好きになり、何を成し遂げ、どんな顔で笑うのかをこれからもそばで見ていたいのだ」
目の奥が熱くなる。堪えなければ、涙があふれてしまいそうだ。
こんな風に私自身を望んでくれる人がいる。
それだけでこんなにも幸せな気持ちになれるのだ。
私は差し出された手に、自分の手を重ねた。
「……はい。アルベール様、私と結婚してください」
いつも落ち着いているアルベール様の瞳が驚いたように見開かれて、私の手をそっと握り返してきた。
「……ありがとう、アリシア嬢」
「どうぞ、アリシアと……お呼びください」
結婚するのであれば、敬称などいらない。
「アリシア、これからは私にも君の人生を一緒に歩ませてほしい」
「はい。私もアルベール様と一緒に歩んでいきたいです」
私たちはしばらく見つめ合い、どちらからともなく笑った。
かつての私は誰かに必要とされることばかりを願っていた。役に立てばいつか愛してもらえる。期待に応えればいつか私を見てくれる。そう信じていた。
だが、それは違う。
私は私の望む人生を選ぶ。
そして、その未来にアルベール様がともにいてくれることを、心からうれしいと思っている。
「アリシア」
「はい」
「その……抱きしめてもいいだろうか?」
突然の問いに私は目を丸くした。
「アリシアが可愛くて……その……抱きしめてみたくなった」
私はぷっと吹き出した。
冷酷と言われているアルベール様が、照れながらそんなことを言うので、おかしくなってしまったのだ。
「アルベール様、そういう時は断りなどいらないのですよ」
「そうか」
そして優しくアルベール様は私を包み込む。彼の懐はとても温かい。
両親に抱いてもらったことは記憶の中ではない。
ヴィクターも私を抱きしめたことがない。
だから人に抱きしめられるのが、こんなに温かいものだとは知らなかった。
「耳が赤くなっているな」
「アルベール様のせいです!」
「それは光栄だ」
楽しそうにアルベール様が笑うので、私は頬をぷうと膨らませる。
夜空には変わらず月が輝いていた。
今夜、私は一つの答えを選んだ。
誰かのためではなく、私自身の意思で……。
そしてきっとこの先も選んでいくのだろう。
自分が好きだと思えるものを。自分が歩みたいと思える道を。
大切な人とともに生きる未来を。
――私の新しい人生は、今始まったばかりだった。




