10.エーデルシュタイン公爵家からの使者
王宮舞踏会の翌朝、私はいつもより早く目を覚ました。
窓から差し込む朝日を眺めながら、昨夜の出来事を思い返す。
アルベール様から二度目の求婚をされ、私はそれを受け入れた。
そして――。
「……アルベール様の胸温かかったな」
口にした途端、頬が熱くなって私は布団の中に潜り込む。
まさか自分がこんなふうに誰かを意識する日が来るとは思わなかった。
ヴィクターとの婚約が決まった時、私は彼に相応しい婚約者になろうと努力した。彼の仕事を手伝い、社交の場ではフォローし、彼が困らないように気を配った。
だが、アルベール様の場合は違う。
私は彼に気に入られるために自分を変えたいわけではない。
ただ、もっと彼を知りたい。彼の隣で自分の好きなことを見つけながら、生きていきたいのだ。
そう思えることが何よりうれしかった。
「お嬢様、お目覚めですか?」
ノックの後、アリンが部屋に入ってきた。
「ええ。おはよう、アリン」
「おはようございます。昨夜は王宮舞踏会お疲れさまでございました。それでお嬢様」
「なあに?」
「何か良いことがございましたか?」
アリンはにこにこと微笑んでいる。
「え?」
「今朝のお嬢様はとても幸せそうなお顔をなさっています」
「そ、そうかしら?」
「はい」
そんなに顔に出ているのだろうか?
「……実はね」
少し迷ったが、昨夜の出来事をアリンに話した。
改めてアルベール様に求婚され、それを受け入れたことを。
「まあ!」
アリンは両手を胸の前で組み、目を輝かせた。
「おめでとうございます! お嬢様」
「ありがとう」
「エーデルシュタイン公爵閣下とご結婚なさるのですね」
「ええ。でもこれから正式に両家で話し合うことになると思うわ」
結婚を決めたからといって、すぐに全てが整うわけではない。
両親への報告も必要だし、今後の生活についても相談しなければならないだろう。
だが、不思議と不安はなかった。
これからのことはアルベール様と一緒に考えていけばいい。そう思えた。
◇◇◇
アルベール様からの求婚を受けた三日後に、エーデルシュタイン公爵家から使者が訪れた。
正式に私を妻として迎えたいというアルベール様からの伝言を、クロスフォード侯爵家へ届けに来たのだ。
使者を迎えた父は私を応接室へ呼び出した。
「アリシア、お前も同席しなさい」
「かしこまりました」
応接室へ入ると、母とエイミーはすでに席についていた。
向かい側には、エーデルシュタイン公爵家の紋章が入った文書を携えた男性が立っている。
「本日はお時間をいただきありがとうございます」
使者の男性は丁寧に一礼すると、持参した書状を父に渡す。
「エーデルシュタイン公爵閣下よりクロスフォード侯爵家令嬢アリシア様とのご結婚について、正式にお申し込みをさせていただきたく、参上いたしました」
使者の口上を聞き、父の表情が引き締まる。
「正式な結婚の申し込みということでよろしいかな?」
「はい。公爵閣下はアリシア嬢とのご結婚を強く望んでおられます。つきましてはクロスフォード侯爵閣下のお許しをいただき、両家で今後の取り決めを進めたいとお考えです」
私は静かに息を呑む。
先日アルベール様からの求婚を受け入れた時から、近々こういう日が来るとは思っていた。
だが、実際にエーデルシュタイン公爵家から正式な使者が訪れると、やはり緊張してしまう。
アルベール様は本当に私との結婚を進めてくださっているのだと思うと、すごくうれしい。
「エーデルシュタイン公爵家としては、婚約の時期や結婚式の日取りについても、クロスフォード侯爵家のご意向を伺いながら決めていきたいと考えております」
「なるほど……」
父は書状に目を通しながら、難しい顔をしていた。
無理もないだろう。
エーデルシュタイン公爵家は、王国内屈指の名門だ。そんな格上の家から、先日婚約解消されたばかりの私に、正式な結婚の申し込みがあったのだから。
「公爵閣下は先日の王宮舞踏会に娘をお誘いくださったのだが、よくご存じなのだろうか?」
「はい。公爵閣下はアリシア嬢のお人柄を十分に理解したうえで、このご結婚を望んでおられます」
「……そうか」
慎重な父に使者は穏やかな口調で答えた。
その後も父と使者はいくつかやり取りをして、近々アルベール様が話し合いの場を設けることを伝えられた。
また、アルベール様にお会いできると思うと心が躍るようだった。
◇◇◇
「……お姉様が、エーデルシュタイン公爵夫人に?」
使者が帰った後、エイミーが呆然と呟いた。
父は書状を机に置き、深く息を吐く。
「まさか、エーデルシュタイン公爵から正式な結婚の申し込みが来るとはな」
「本当にアリシアでよろしいのでしょうか? エーデルシュタイン公爵家なら、もっと釣り合いの取れる令嬢もいらっしゃるでしょうに……」
遠慮がちに母が口を開くが、その言葉は私では役不足だと非難しているのだ。
以前の私であれば、深く傷ついただろうが今はそんなことはない。
「お母様。アルベール様は私を選んでくださったのです。私はそのお気持ちに応えたいのです」
「……アリシア」
「もちろん、結婚は私一人で決められることではありません。両家で相談しなければならないこともあるでしょう。ですが、私の気持ちは変わりません」
母は諦めたようにため息を吐いた。
「お父様。私はアルベール様と結婚したいです」
父はしばらく黙っていたが、ふと机の書状に目を落とす。
「……お前がそこまで決めているのであれば、私が反対する理由はない。我が家としても、エーデルシュタイン公爵家と縁を結べるのであれば願ったりだ」
「お父様」
「ただし、正式な婚約を結ぶ前に条件については双方で確認する必要がある。エーデルシュタイン公爵家との話し合いは私が責任を持って進めよう」
「ありがとうございます」
私の選択を認めてくれた父に深く頭を下げた。
かつて私は両親に認めてもらうことをずっと望んでいた。だが、今は両親が認めてくれるかどうかだけで、自分の価値を決めることはない。
私には私の人生がある。
そのことをようやく理解できたのだ。いや。理解し始めたと言ったほうが正しいのだろうか。
「お姉様は……本当に変わったのね」
エイミーは私を見つめていたが、その表情からは何を考えているのか読み取れなかった。
「そうかしら?」
「だって、以前のお姉様なら……」
自分の意見を言うことはなかったのに?
従順な姉でいることが、エイミーは当然だと思っていたのだろう。
「エイミー。私はこれから自分のことを大切にしたいと思っているの」
彼女は何も言わず、ふいと背を向けて応接室を出て行った。




