11.話し合いの場
エーデルシュタイン公爵家から正式な結婚の申し込みがあってから、数日後。
我が家にアルベール様からの手紙が届いた。
父へ呼ばれて執務室へ向かうと、机の上には見覚えのある封蝋が押された封筒が置いてある。
「アリシア。エーデルシュタイン公爵から手紙が届いている」
「アルベール様からですか?」
父は封蝋を外すと、手紙の内容にざっと目を通す。
「ああ。両家で結婚に関する話し合いの場を設けたいそうだ。エーデルシュタイン公爵家に招待したいと書かれてある」
手紙を読みながら、父は感心したように息を吐く。
「自ら話し合いの場を設けるとは、実に手際がいいな」
「話し合いにはお父様もいらっしゃるのですか?」
「当然だ。エレノアも同行する。貴族の結婚は家同士の利害関係だからな。当人同士の気持ちだけで決められるものではない」
エレノアというのは母の名前だ。話し合いには母も同行するらしい。
父の言うとおり、貴族の結婚は利害関係で結ばれることが多い。私も貴族の娘なので、その辺りは理解している。おそらくその辺りはアルベール様は気にしていないと思われるが……。
「はい。分かりましたわ」
アルベール様のお屋敷へ招待され伺う。そう考えただけで妙にソワソワとした気分になる。
エーデルシュタイン公爵家を訪れるのは初めてだ。今回は王都にあるタウンハウスへ伺うのだが、いずれは北部にある領地へも訪れてみたい。
両親と一緒ではあるが、またアルベール様に会えると思うと、胸がワクワクする。
「……楽しみにしているようだな」
父に尋ねられ、私は頬を染める。
「はい。とても」
だから、正直に答えた。
◇◇◇
エーデルシュタイン公爵家へ訪問する日がやってきた。
馬車に揺られながら、私は窓の外を流れる景色を眺めている。
「アリシア、緊張しているの?」
向かいに座る母に尋ねられる。
「少しだけ緊張しています。でも、それ以上にアルベール様にお会いできるのが楽しみなのです」
「そう」
他にも何か言いたげに私を見ていた母だったが、結局、それ以上は何も尋ねなかった。
馬車がゆっくりと速度を落としたので、窓から外を覗くと重厚な門とその向こうに広がる庭園が目に入る。
庭園には季節の花々が咲き、木も手入れが行き届いており、とても美しい。
奥には白亜の外壁と深い青色の屋根を持つ壮麗な屋敷がそびえていた。
「まあ……立派なお屋敷だこと」
母が感嘆の声を漏らす。
クロスフォード侯爵家のタウンハウスも決して規模が小さいわけではないが、この屋敷ほどではない。
私も思わず見入っていると、ある一画に目がいく。白くて小さな花が揺れている。あれはスノードロップだ。
「ここにも咲いているのね」
小さく呟きスノードロップを見つめていると、馬車が玄関前で停車した。
私たち家族が馬車から降り立つと、屋敷の使用人たちが整然と並んで出迎えてくれる。
「お待ち申し上げておりました。ようこそ、エーデルシュタイン公爵家へ」
家令と思われる壮年の男性が頭を下げた。
「アルベール様がお待ちでございます。どうぞこちらへ」
案内されて玄関ホールへ足を踏み入れる。内装は決して華美ではなく上品で落ち着いた感じだ。
「アリシア、来てくれたのだな」
階段の上から聞き慣れた声がする。声の主は待ちきれない様子で階段を下りてきた。
「アルベール様」
今日は正装ではないが、上品な濃紺の装いだ。正装のアルベール様も素敵だが、こちらはどこか親しみやすい雰囲気がある。
アルベール様がわずかに目元を和らげたので、私も微笑む。
「クロスフォード侯爵、侯爵夫人。本日はお越しいただき感謝する」
父のほうへ向くと、アルベール様は一礼する。
「こちらこそ、お招きいただき感謝いたします」
年下とはいえアルベール様は格上の公爵なので、父もふさわしい礼を返す。
「本日は両家にとって大切な話し合いになると思っております。どうぞよろしくお願いいたします、エーデルシュタイン公爵家」
「こちらこそ」
アルベール様は父にそう答えると、再び私を見た。
「アリシア、君にもいろいろと見てもらいたい場所がある。話し合いが終わったら、屋敷を案内したい。よいだろうか?」
「まあ! ぜひ、お願いいたします」
私が返事をすると、彼は満足そうに頷いた。
ほんの短い会話だったが、心が弾む。
これから、この方との結婚について話し合うのだ。そう考えると、胸の鼓動が高鳴った。
◇◇◇
話し合いの場所は落ち着いた雰囲気の部屋だった。
調度品の一つ一つに品格が感じられる。大きな窓からは庭園が見渡せた。
全員が席に着いたのを確認してから、使用人がお茶の用意をしてくれる。とても良い香りだ。おそらくは良質の茶葉を使っているのだろう。
「本日は私とアリシア嬢との結婚について、具体的に話を進めたいと考えております」
先に話を切り出したアルベール様の言葉に、父が真剣な表情で頷く。
「まずは正式な婚約を結ぶことだが――」
アルベール様の話の進め方が上手いのか、とんとん拍子に話が進んでいく。
通常であれば、父たちが条件を決めていくものなのだが、アルベール様は私の希望も取り入れてくれた。
私の意見も聞きつつ、段取りを進めてくれたアルベール様には感謝しかない。
話し合いの結果、婚約は日を選んで近々結ぶことになり、結婚式は一年後に行うことになった。




