12.花を贈ろう
話し合いが終わった後、アルベール様が屋敷の案内をしてくれることになった。
両親はサロンに移動してくつろいでいるはずだ。
最初に案内されたのは、二階の奥まったところにある大きな扉だった。
アルベール様が扉を開けると、まず天井に届きそうなほどの本棚が目に入る。
「わあ!」
私は思わず声を上げた。
広々とした室内には、正面から壁際までずらりと本棚が並び、棚には本がぎっしりと詰まっていた。
「ここは図書室だ。歴史や地理、専門書や旅行記など様々な部類の本がある」
私は本棚に目を向けた。
旅行記が置いてある棚には、先日アルベール様に勧められたものがあった。
「この本……」
「ああ、この間私が勧めた旅行記か? 面白かったか?」
「はい。とても面白かったです。食文化の違いにも驚きましたが、我が国にはない習慣なども興味深かったです。特に作者のトラブル談などはおかしくて……」
そこまで語りかけて、はっと口を閉じる。つい夢中になって延々と感想を話し続けてしまった。
「そうだろう。この作者の旅行記はどれも面白い。東の大陸の話は読んだか?」
ところがアルベール様は呆れるどころか、話が続くように会話を振ってくれる。
「はい。全四巻のうちの三巻の途中なのですが……」
それからしばらく図書室でアルベール様と最近読んだ本について語り合った。
◇◇◇
図書室でひとしきり語り合った後、アルベール様が庭園を案内してくれるという。
ここへ来る時に見たスノードロップの花が見たかった私は、素直にうれしかった。
整然と季節の花が植えられた中に素朴に佇んでいる白い花。
「この花が好きなのか?」
私がスノードロップをじっと見ていると、アルベール様にそう問われる。
「はい。好きな花を探していた時に最初にきれいだと思った花が、このスノードロップなのです」
「そうか。ちなみにスノードロップの花言葉は『逆境からの希望』だ」
『逆境からの希望』今の私にピッタリの花言葉だ。
この花に惹かれたのは、偶然ではないのかもしれない。
「では、領地の屋敷にある庭園にもこの花を植えさせておこう。他に好きな花はあるか?」
「他に……ですか?」
私は足を止め考えてみた。どの花も美しいとは思うが、どれが好きかと聞かれると分からない。
「申し訳ございません。今のところは特に思いつきません」
「謝ることはない。それでは毎日君に花を贈ることにしよう」
「え?」
「毎日違う花を一輪ずつ君に贈れば、どんな花が好きなのか見つけられるかもしれない」
唐突なアルベール様の提案に私はポカンとしてしまう。
「ま、毎日ですか?」
「そうだ。気に入った花があれば教えてくれ」
「でもそんなに毎日花をいただくなんて……」
「構わない。君の好きなものを探す手伝いをしたいと言っただろう?」
確かに求婚された時に聞いた覚えがある。
「それに君の好きなものを知っていくのは、私にとっても楽しみなことなのだ」
アルベール様が真面目な顔で言うので、私はドキリとする。
「……分かりました。それでは、楽しみにしています」
「うん。明日から届けさせよう」
「えっ! 明日からですか?」
私が驚くと、アルベール様は楽しそうに笑う。
「さて最初の花は何にしようか? 君がまだ知らない花を贈るのも良いかもしれぬな」
本当に楽しそうだ。今にも鼻歌を歌いそうな感じである。
「できれば、花の名前を教えていただけますか? 実はそれほど詳しくないのです」
「分かった。花言葉なども添えよう」
「まあ! 花言葉ですか?」
意外とロマンチストなのだろうか、と思う。
アルベール様が私の手を取って、軽く握る。
「アリシア、花だけではない。好きな食べ物や景色、時間の過ごし方も君が知らないのであれば、一緒に探していけばいい」
それは、アルベール様と一緒であればきっと楽しい。
「ありがとうございます、アルベール様。私、好きなものをたくさん見つけたいです」
「そうしてくれ。好きなものが見つかったら、まずは私に教えてくれ」
「はい。約束します」
ふと気づいたのだが、私はアルベール様とこうして歩いている時間が、とても好きだと思った。
少し恥ずかしいが、好きなものが見つかったので、アルベール様に伝えることにする。
「あの……アルベール様と過ごす時間も、私の好きなものの一つになりそうです」
アルベール様は私の手を握ったまま、破顔した。
「それはうれしいな」
冷酷だと言われるアルベール様だが、とても素敵な笑顔だ。
欲張りな願いだが、この笑顔が見られるのは私だけがいいと思った。
明日、私のもとにはどんな花が届くのだろうか?
今から楽しみで仕方がない。




