13.私のためのドレス
翌日、アルベール様はすぐに約束を実行してくれた。
朝、エーデルシュタイン公爵家の使者が届けてくれたのは、一輪の赤いスイートピーだった。
花にはメッセージカードが添えられており、流麗な文字が綴られている。
『赤いスイートピーの花言葉は「門出」だ。新しい人生を歩み始めた君へ最初に贈る花だ』
「素敵な贈り物ですね。公爵閣下はお嬢様のことを大切に思われているのが分かります」
アリンが一輪挿しにスイートピーを生けてくれながら、微笑む。
「花を贈ってくださるだけでもうれしいのに、花言葉のメッセージカードまで添えてくださるなんて」
「毎日違うお花を贈ってくださるそうですね?」
「ええ。私がどんな花を好きになるのか、一緒に探してくださるそうよ」
私はもう一度メッセージカードを読み返す。アルベール様の流麗な文字。とても好きかも?
あ。早速、好きなものができたから、今度アルベール様にお会いした時に伝えないと!
今まで誰かから花を贈られたことはある。しかし、それは社交上の贈り物だったり、エイミーに贈られた花が彼女の好みでなかった場合、私のところに飾るといった感じだった。
でも、私のために選ばれた花を受け取ることは初めてだ。しかも花言葉のメッセージカードまで添えられている丁寧な贈り物だ。
花を贈られることがこんなにもうれしいことだとは知らなかった。
翌日にはピンクのガーベラが届いた。
花言葉は「感謝」や「思いやり」。でも、他にも花言葉がある。それは「熱愛」だ。
『私が君を深く愛していると伝えたい』というメッセージカードが添えられていたので、私は顔が赤くなるのを感じ、ベッドに潜り込んでしまった。
毎日、アルベール様から花が届くのが楽しみで仕方がなかった。
今日はどんな花が届くのだろうか? と考えるのも楽しい。
好きなものを探すということは楽しいことだ。
◇◇◇
穏やかな日々が続いていたある日のこと、アリンが大きな箱を抱えて私の部屋に入ってきた。
「お嬢様、エーデルシュタイン公爵家からのお届け物でございます」
「まあ、何かしら?」
箱を開けると、中には美しいドレスが収められていた。
「まあ、きれい!」
白から淡い青色へのグラデーションの生地は上から下に向かっている。ところどころに真珠があしらわれていて、華やかでありながら上品な印象のドレスだ。
「なんて素敵なドレスなの」
「エーデルシュタイン公爵閣下がお嬢様のために仕立てさせたドレスとのことです。婚約発表の際にお召しになられるようにと……」
「私のために?」
ドレスに添えられていた封筒には、アルベール様からの手紙が入っていた。
『以前、王宮舞踏会で君が着ていたドレスは君にとても似合っていて美しかった。私の色をまたまとってくれるとうれしいのだが。もし気に入らなければ遠慮なく言ってほしい』
私は読み終えた手紙を胸に抱く。
あの王宮舞踏会で着たドレスを覚えていてくださったのだ。私が初めて自分で選んだドレスを。
「お嬢様。せっかくですから、お召しになってみませんか?」
「ええ。そうね」
アリンに手伝ってもらい、ドレスを身にまとってみる。髪も軽く結ってもらった後、鏡の前に立つ。
白と淡い青色のグラデーションのドレスは肌を明るく見せる。
「とてもお似合いです。さすがはお嬢様のためだけに作られただけはあります」
「ありがとう、アリン。とても気に入ったわ」
婚約発表の日取りはすでに決まっている。
このドレスを着てアルベール様の隣に立つのだ。
そう考えるだけで胸が高鳴る。
「お姉様、いらっしゃる?」
返事をする間もなく、部屋の扉が開いた。
入ってきたのはエイミーだ。いつものことだが、妹はいつもノックなしで私の部屋に入ってくる。
「エイミー、扉をノックしなさいといつも言っているでしょう? それで、どうしたの?」
「お姉様にお話があって……」
そう言いかけたエイミーの視線が、私が着ているドレスに釘付けになる。
「まあ!」
エイミーは目を輝かせて、私の周りをぐるりと回る。
「素敵なドレスね。どこのお店で仕立てたの?」
「エーデルシュタイン公爵閣下からの贈り物よ。婚約発表の時に着るようにと作ってくださったの」
「そうなの」
エイミーはドレスの生地を手に取り、手触りや装飾を確かめるようにしている。
「とてもきれいだわ。ねえ、お姉様」
「何かしら?」
「そのドレス、私に譲ってくださらない?」
思いがけないエイミーの言葉に私は目を瞬かせた。
「え? 何ですって? エイミー、今何て言ったの?」
「だから、そのドレスを私に譲ってほしいの」
彼女は当然だというように繰り返した。
「どうして?」
「だって、とても素敵なドレスなのですもの。私も一度、こういうデザインのドレスを着てみたかったのよ」
「これは私の婚約発表のためにアルベール様が用意してくださったものよ」
「分かっているわ。今聞いたもの。でも、お姉様はこれから公爵夫人になるのでしょう? ドレスの一着くらい私に譲ってくださってもいいじゃない」
エイミーは私のために用意されたドレスを欲しがっている。アルベール様が私のために仕立ててくださったドレスを。
私はふうと息を吐く。
「ごめんなさい。これは譲れないわ」
「どうして?」
眉を顰めて尋ねてくるエイミーの表情が曇っていく。
「お姉様は今まで私にいろいろなものを譲ってくれたじゃない。どうして今回はダメなの?」
そう。そうやって欲しいと言われれば、何でも譲ってきた。婚約者さえも……。
そうすることが姉として当然のことなのだと、ずっと思っていた。
でも、違うのだ。それは正しいことではない。
「今まではそうしてきたわね」
「じゃあ……」
「でも、これからは違うの」
私はドレスにそっと手を添える。
「これはアルベール様が私のために贈ってくださったものよ。それに私自身もとても気に入っているの。だから譲れないわ」
「でも、そのドレスはお姉様より私のほうが似合うと思うわ」
不満そうにエイミーは唇を尖らせた。
「お姉様はこんな華やかなドレスより、もっと落ち着いたもののほうが似合うでしょう?」
「そうかしら? 私はこの色が好きだけれど」
アルベール様の青空のような瞳の色。
「お姉様!」
「エイミー。貴女はいつも私のものを欲しがったわね。それは決まって私が気に入ったものや大切にしているものだったわ」
私は静かにエイミーを見つめた。
「私が大切にしているものでも貴女が欲しいと言えば譲らなければならなかった。私が我慢する。それが当たり前になっていたのでしょうね」
「そんなつもりはなかったわ」
「でも、もうそんなことはしないわ」
エイミーは信じられないという顔で私を見た。
「お姉様は変わったわ」
「ええ。私もそう思うわ」
私はにっこりと微笑んだ。
「これは私が着たいと思ったドレスなの。だから貴女に譲るわけにはいかないわ」
「……お姉様は私のことが嫌いになったの? 私は貴女のたった一人の妹なのよ」
震える声でエイミーは言う。
「嫌いになったわけではないわ。ただ、貴女の望みを叶えるために、自分の気持ちを犠牲にするのはやめたの」
わなわなとエイミーは身を震わせる。
「ねえ、エイミー。貴女には貴女の好きなものがあるでしょう? 私にも貴女と同じように好きなものがあるの。お互いにそれを大切すればいいと思うわ」
エイミーは私を睨むように見つめていたが、やがて不機嫌そうに顔を背けた。
「もういいわ! お姉様なんて知らない!」
そう言い残し、彼女は私の部屋を出て行った。
扉が閉まると、アリンが心配そうに私の顔を覗く。
「お嬢様……」
「大丈夫よ、アリン」
私はもう一度、鏡に映る自分を見た。そして「大丈夫」と鏡の中の自分に言い聞かせた。




