14.ドレス騒動(前編)
そして、ついにアルベール様との婚約発表の日がやってきた。
その日、朝からクロスフォード侯爵邸は慌ただしかった。
クロスフォード侯爵家の娘である私と、エーデルシュタイン公爵家当主であるアルベール様の婚約発表の日。王都では大きな話題になっているらしく、王宮で開かれる婚約発表の場には多くの貴族が招かれているという。
私も朝から身支度を整え、あとはドレスに着替えるだけだった。
アルベール様が贈ってくださったあのドレスに……。
実はエイミーにドレスを譲らないと言った後、彼女はいつもどおり両親に泣きついたのだ。お姉様がドレスを譲ってくれないと。
母もまた「姉なのだから譲ってあげなさい」といつもどおりの言葉を私に言ってきたのだが、父はそうではなかった。
「それはエーデルシュタイン公爵がアリシアのために仕立てさせたものだ。今回は諦めなさい。エイミーには新しいドレスを仕立ててやるから」と初めてエイミーに物申したのだ。
エイミーは泣いて嫌がったが、父が言葉を覆すことはなかった。
エーデルシュタイン公爵家からの贈り物を妹に譲ったことを知られたら、体面が良くないからだとは思うが、私は少しうれしかった。
「それでは、ドレスをお持ちいたしますので、しばらくお待ちください」
「ええ、アリン。お願いね」
ところがドレスルームへ向かったアリンが、なかなか戻ってこない。
どうしたのだろうかと様子を見に立ち上がりかけた時だった。
ドレスルームからアリンが青ざめた顔で戻ってきたのだ。
「お嬢様、大変です!」
「どうしたの?」
「ドレスが! ドレスがありません!」
私は思わず立ち上がった。
「ドレスがないってどういうことなの?」
「先日エーデルシュタイン公爵閣下から届いたドレスが、どこにも見当たらないのです。ドレスルームを隈なく探したのですが……」
そんなはずはない。
昨日までは確かにあった。もう一度直しがないかアリンと確認をして、一緒にドレスルームへ収めにいったのだから……。
「もう一度、よく探してみましょう」
「はい!」
アリンと一緒にドレスルームを確認したが、やはりドレスは見つからなかった。
まさか盗まれたのかしら?
いったい誰が……。
そこで私ははっとする。
エイミーはよく私のドレスルームへ勝手に入っては、ドレスを物色していた。そして、気に入ったものがあれば譲れと言ってくるのだ。
「エイミーのところに行くわ」
「え? お嬢様、お待ちください。ではせめて部屋着をお召しになってください」
「あ……」
すぐに部屋を出て行こうとした私をアリンが呼び止めて、簡単に着れる部屋着を着せてくれた。
あとはドレスを着るだけだったので、下着姿のままだったのを忘れていた。
私はアリンを伴い、エイミーの部屋に向かう。
扉の前に立つと、中から楽しげな声が聞こえてくる。
「まあ、やっぱり素敵ね。お姉様より私のほうが似合っているわ」
やはりと思った。エイミーはあのドレスを諦めてはいなかったのだ。
ノックをして部屋に入ると、そこにはアルベール様から贈られたドレスを纏ったエイミーの姿が目に入る。
「エイミー」
「あら、お姉様。どうしたの?」
鏡越しにエイミーは私に向かって、にっこりと微笑む。
「それは私のドレスよ。どうして貴女が着ているの?」
振り返ったエイミーは勝ち誇ったような顔をしているので、私はきっと睨む。
「だってこのドレスはお姉様には合わないもの。ほら! 私にぴったりでしょう?」
「それは……私が今日着るためのドレスなのよ」
「お姉様は別のドレスを着ていけばいいじゃない。私はこのドレスが気に入ったの」
父から諦めろと注意されていたが、簡単に諦めないだろうとは思っていた。だからといって勝手に持っていくとは……。
欲しいものは自分のものにして当然。それが姉のものであろうとも彼女には関係ないのだ。
「エイミー、今すぐ脱いでちょうだい」
「嫌よ」
即答すると、エイミーはふいと顔を背ける。
「これは私のものだもの」
「貴女のものではないわ」
「お姉様はこれから素敵なドレスをいくらでも作ってもらえるじゃない。だってエーデルシュタイン公爵夫人になるのだもの。少しくらい私に譲ってくれたっていいでしょう?」
「そういう問題ではないわ。とにかくそのドレスを返してちょうだい」
しばらくエイミーと睨み合っていると、開いていた扉から両親が顔を出す。私たちが言い争っていると、エイミーの侍女が両親を呼びに行ったのだろう。
「何の騒ぎだ? 説明しなさい。アリシア、エイミー」
父に事の成り行きを説明すると、最初に口を出したのは母だった。
「そういうことなの。アリシア、エイミーにドレスを譲ってあげなさい」
母はいつものようにエイミーの味方をする。
「お母様! このドレスはアルベール様が私に贈ってくださったドレスなのです。エイミーに譲る気はありません!」
アルベール様が私のために仕立ててくれたドレスを譲りたくはない。
「貴女は姉でしょう? 妹が欲しがっているのだから、譲るのは当然です」
母もエイミーと同じ考えだった。エイミーが欲しがるものは、例えそれが私のものであっても、彼女のものになるのが当たり前なのだ。
どうしたものかと考えていると、それまで黙っていた父が助け船を出してくれた。
「エイミー、今すぐそのドレスをアリシアに返しなさい」
私は目を瞬く。父はまた母やエイミーに同意するものだと思っていたので、意外だった。
「お父様。嫌よ! このドレスは私が着ていくの!」
「エイミー、お前には今日のためのドレスを仕立てただろう。それを着ていけばいい」
「でも、旦那様。エイミーがこんなに欲しがっているのですから」
母がエイミーを庇うように彼女の肩に手を添えるが、父は眉を吊り上げる。
「そういう問題ではない! アリシアに贈られたそのドレスをエイミーが婚約発表の場に着ていくことが問題なのだ! お前たちはクロスフォード侯爵家に泥を塗る気なのか!?」
今まで父に怒鳴られたことがないエイミーはひっと悲鳴を上げて母に抱き着く。
「そんな……泥を塗るなど大げさな……」
引きつった笑いを浮かべながらエイミーを庇う母を父は睨みつける。
「婚約発表に際してアリシアのために仕立てたドレスを婚約者でもないエイミーが纏っているのを、エーデルシュタイン公爵が見たらどう思われるか。どのような意味に取られたとしても、我が家の恥だ」
私がエイミーにドレスを譲ったとしても、エイミーが私のドレスを奪ったとしても。
クロスフォード侯爵家では日常的にそのようなことが行われているのかと、アルベール様が思われると父は考えているのだろう。
私はある程度、アルベール様に事情を話しているので、仮にエイミーがあのドレスを着ているのを見たとしても許してくれると思う。
だが、あのドレスを着たところをアルベール様に見てもらいたい。そのためにもエイミーにドレスを返してもらわなければならないのだ。
父に怒られれば、さすがにエイミーも返さざるを得ないだろうと思った。
「……いや。絶対に嫌よ! お姉様に返すくらいならこうしてやるわ!」
エイミーはドレスの胸元に手をかけると、一気に下へと引っ張った。




