15.ドレス騒動(後編)
耳障りな音が部屋中に響いた。
止める間もなく、ドレスは無残に引き裂かれてしまった。
ドレスは胸元から腰の辺りまで大きく裂けている。これでは修復は難しい。
「あ……」
アルベール様が私のために用意してくださったドレスが……。
うれしくて何度も鏡の前で合わせてみた。
婚約発表の日には、このドレスを着てアルベール様の隣に立とうと思っていた。
それなのに……。
「お姉様に返すくらいなら、こんなドレスいらないわ!」
肩で息をしながら、エイミーはドレスを脱ぎ床に投げ捨てた。
「お姉様が悪いのよ! 私に譲ってくれないから!」
その瞬間、私の中でプツンと何かが切れる音がした。
パシンッ!
乾いた音が部屋に響く。
「……え?」
エイミーが頬を押さえ、呆然と私を見つめる。
私自身も一瞬自分が何をしたのか分からなかったほどだ。だが、手のひらには確かな痛みが残っている。
「お姉様……?」
「エイミー、貴女自分が何をしたか分かっているの?」
自分でも驚くほど低い声が出た。
「だって、お姉様がドレスを譲ってくれないから……」
「だから引き裂いたというの?」
「そうよ! お姉様に返すくらいなら、こんなドレス捨ててやるわ!」
「ふざけないで!」
思わず声が大きくなる。
「これはアルベール様からの贈り物なのよ! 私のために仕立ててくださった大切なドレスなの!」
「そんなこと分かっているわよ!」
「分かっていて、こんなことをしたの?」
私は床に落ちているドレスを見つめる。胸元の刺繍は裂けて、装飾の真珠はいくつか外れてところどころに転がっていた。
胸が痛かった。このドレスを仕立てるのにどれほどの時間がかかったことだろう?
だが、それ以上に腹立たしかった。
「エイミー、貴女はいつもそうね」
「何よ!」
「自分が欲しいと思ったものは、相手の気持ちも考えずに手に入れようとする。手に入らなければ壊してしまえばいいと思っているの?」
ちらりと母を見れば何か言いたそうに私を睨んでいるが、父がそれを制してくれているようだ。
「お姉様だって少し前までは何でも私に譲ってくれていたじゃない!」
「そうね。以前の私はそうしていたわ。でも、それは貴女が何をしても許されるという意味ではないのよ!」
エイミーは打たれた頬を押さえながら、私を睨んだ。
「お姉様なんて大嫌い!」
「私も今の貴女の行動は許せないわ」
「……っ!」
「今日は私とアルベール様の婚約発表の日よ。貴女が何を思っているのか知らないけれど、私の幸せを壊す権利なんて誰にもないわ」
私はエイミーをまっすぐに見つめた。
「もう二度と私の大切なものに勝手に触れないで」
それだけ告げると、私は床に捨てられている哀れなドレスを拾う。
「アリン、行きましょう」
このドレスをどうにかするか、別のドレスを選ばないといけない。
「はい。お嬢様」
その時、廊下から家令が父に声を掛ける。大きな箱を手に持っていた。
「旦那様、失礼いたします。エーデルシュタイン公爵家の方からアリシアお嬢様にこちらの箱をお渡しするようにと、仰せつかっております」
アルベール様から私に? 一体箱の中身は何なのだろう?
「何? エーデルシュタイン公爵家の方からか? ここで開けて構わないか? アリシア」
「はい、お父様」
父に促されてその場で家令が箱のふたを開ける。
箱の中には一着のドレスが収められていた。
白を基調としているが、スカート部分に夜空のような青いグラデーションが裾に向かって斜めに広がる美しいドレスだった。
「まあ! 何てきれいなドレス」
「お嬢様宛てにこちらもお預かりしております」
家令が一通の封筒を差し出した。封筒にはアルベール様の封蝋が押されている。
封蝋を外すと、中には手紙が入っていた。流麗な文字はアルベール様のものだ。
『アリシアへ
万が一を考えてもう一着ドレスを君に贈る。
最初のドレスが手元からなくなった場合の備えだ。
万が一の出来事がなかったとしても、どちらのドレスを選ぶかは君に任せる。
君が選んだものを一番近くで見られることを楽しみしている。
アルベールより』
手紙を読み終える頃には、先ほどまで胸を占めていた怒りもいつの間にか静まっていた。
「……アルベール様、ありがとうございます」
アルベール様の気遣いにじんわりと胸が温かくなり、思わず笑みがこぼれる。
「さあ、お嬢様。急いでこちらのドレスに着替えましょう」
アリンがドレスを箱から取り出し、私をエイミーの部屋から連れ出そうとする。
「ええ、そうね。お願い、アリン」
エイミーは新しいドレスを呆然と眺めて、ブツブツと呟いている。
「どうして……。どうしてお姉様ばかり……」
私は振り返ると、エイミーに視線を向けた。
「エイミー。私が今幸せなのは、誰かから奪ったものではないわ。私を大切にしてくれる方と出会えたからよ」
それだけ言うと背を向けて、エイミーの部屋を後にする。
今度こそ、自分の幸せは手放さない。




