16.婚約発表前に
王宮に到着すると、正面玄関にはすでに多くの貴族たちが集まっていた。
今日は王宮の大広間で夜会が開催される予定で、そこで私とアルベール様の婚約発表が行われる。
馬車から降りた私はドレスの裾を整えながら、小さく息を吐いた。
「どうなることかと思ったけれど、アルベール様にお会いしたらお礼を申し上げないといけないわね」
アルベール様がもう一着ドレスを用意してくれていて良かったと思う。
そうでなければ、別のドレスを着なければいけないところだった。
エイミーに引き裂かれたドレスは、修復不可能な状態だ。あのドレスを着た姿をみてもらうことができなかったのが、残念で仕方がない。
事情を話せば、アルベール様は分かってくれるだろう。だが、内心がっかりされるのではと思うと、気分が沈む。
「アリシア様、お待ちしておりました」
ふいに声をかけてきたのは、アルベール様の侍従だった。以前、エーデルシュタイン公爵家へ訪問した際にも顔を合わせている。
確か名前はライナスだ。二十代前半くらいの柔和な感じの青年で、アルベール様の執務の補佐をしているらしい。
「アルベール様が控室でお待ちです。ご案内いたします。どうぞこちらへ」
「ありがとうございます、ライナスさん」
「ライナスで構いませんよ」
「ええ、ライナス。ではお願いします」
ライナスの案内で王宮の廊下を進んでいく。
大広間に程近い部屋の前に来ると、ライナスは足を止める。
「こちらでございます。どうぞお入りください」
「ありがとうございます」
私は大きく深呼吸をする。この扉の向こうにアルベール様がいらっしゃるのだと思うと、胸の鼓動が早くなっていく。
「そんなに緊張なさらなくても大丈夫ですよ。アルベール様はアリシア様がいらっしゃるのを、今か今かと待ちかねておられたのですから」
私が緊張しているのを察したのか、ライナスがいたずらっぽく微笑むので、少し緊張が解ける。
「まあ。そうなのですか?」
「そうです。ですから身構えなくとも自然体で大丈夫ですよ」
「ふふ。分かりました」
頷くと、ライナスはノックをしてから控室の扉を開く。
「アリシア様がいらっしゃいました」
室内に足を踏み入れると、窓辺に立っていたアルベール様がこちらへ振り返った。
黒を基調とした正装に胸元にはエーデルシュタイン公爵家の紋章をあしらった飾りをつけている。艶やかな黒髪はいつもより丁寧に整えられ、凛々しい姿に思わず見入ってしまった。
「アリシア、来たか」
「アルベール様、お待たせしてしまいましたか?」
「いや。それほど待ってはいない」
先ほどライナスは、アルベール様は私が来るのを待ちかねていたと言っていた。もしかして照れ隠しかしらと思いつつも、私はアルベール様の言葉に頷く。
私のドレスに視線を移すと、アルベール様は目を細める。
「そのドレスを選んだのだな。よく似合っている」
「ありがとうございます。素敵なドレスを用意していただき感謝いたします。ですが、もう一着のドレスは……」
そこまで言ってアルベール様は口に人差し指を立てる。
「それ以上は言わなくてもいい」
エイミーにもう一着のドレスを引き裂かれてしまったことを素直に話そうと思っていたが、おそらく事情は察しているのだろう。
「……はい」
俯きかけたが、まだ言いたいことがあったので顔を上げる。
「ですが、このドレスもとても素敵で本当にうれしいのです」
「君に喜んでもらえたのであれば、贈った甲斐がある」
アルベール様は私の手を取ると、指先にそっと口づけた。
「今日は君にとって大切な日だ。どうか心から楽しんでほしい」
「はい。アルベール様と一緒ですもの。きっと素敵な日になります」
私がそう答えると、彼は柔らかく微笑んだ。
「それなら私も楽しみだ」
大広間には貴族たちが次々と入場しているはずだ。
まもなく私たちも呼ばれて大広間へと移動するのだ。
今日、私たちは大勢の人々の前で婚約を発表する。
その瞬間をアルベール様と一緒に迎えられることが、何よりうれしかった。




