17.婚約発表
しばらく控室で過ごしていると、扉の向こうからライナスに声をかけられる。
「そろそろお時間でございます」
アルベール様が私に手を差し出す。
「それでは行こうか、アリシア」
「はい」
返事をすると、アルベールの手に自分の手を重ねた。
ライナスの先導でアルベール様とともに大広間に向かう。
大広間の扉の前まで来ると、楽団が奏でる音楽や貴族たちが談笑する声が聞こえる。
私は思わずキュっと唇を引き結ぶ。
「緊張しているのか?」
少し動揺しているのが、アルベール様に伝わってしまったようだ。
「少しだけ。でも、大丈夫です」
「無理はしなくていい。大丈夫だ。私がそばにいる」
「はい。アルベール様が隣にいてくださるので、心強いです」
彼は頷くと、私の手を優しく握る。
そして、いよいよ大広間の重厚な扉が開かれる。
「エーデルシュタイン公爵ならびにクロスフォード侯爵令嬢がご入場です」
私たちの入場を告げる声が大広間中に響き渡ると、一斉に視線が集まる。
背筋を伸ばし、ゆっくりと歩き出す。アルベール様は私の歩調に合わせてくれている。
大広間の中央にある玉座に向けて進む。そこには王族の方々がいらっしゃるのだが、国王夫妻は現在視察中だ。そのため、今日は王太子殿下だけが玉座に佇んでいた。
まずは王太子殿下にご挨拶して、殿下から私たちの婚約が発表される段取りだ。
クルスタリア王国の王太子ロードリック殿下は、金髪碧眼の絵に描いたような王子だ。年齢は確かアルベール様と同じ二十五歳で既にご結婚されている。王太子妃殿下は現在ご懐妊中で、今日は欠席されると聞いていた。
白を基調とした王族の正装を身に纏って、どこか人懐こい笑みを浮かべているので好青年に見える風貌だ。
「エーデルシュタイン公爵、クロスフォード侯爵令嬢。よくぞ参った」
よく通る声で王太子殿下から挨拶を受けた。
「ロードリック王太子殿下にご挨拶を申し上げます」
アルベール様の挨拶に合わせ、私も最上礼をする。
「堅苦しい挨拶はよい。今日は其方たちが主役なのだ」
「もったいなきお言葉にございます」
王太子殿下は微笑みながら頷くと、少々演技がかった様子で両手を開く。
「今日はめでたい知らせがある! ここにいるエーデルシュタイン公爵とクロスフォード侯爵令嬢であるアリシア嬢が婚約を結ぶことになった」
大広間中にざわめきが広がる。
「王家の名において、ここに両家の婚約が成立したことを宣言する! 今日は皆で二人を祝おうではないか!」
盛大な拍手に包まれ、祝宴が始まった。
◇◇◇
その後、私たちは祝辞を述べに来てくださる貴族たちへの挨拶を始めた。
アルベール様は私を置き去りにすることはなく、常に隣にいてくださる。私が話しやすいように話題を振ってくださったり、時には私の考えを尋ねてくださったりした。
大方の貴族との挨拶を終えた頃。
「おい、アルベール」
振り返ると、王太子殿下が気さくな様子で手を上げている。
「王太子殿下」
私が礼をしようとすると、王太子殿下は礼は不要とばかりに手を振る。
「やあ、アリシア嬢。この度はおめでとう。其方がアルベールの婚約者になったと聞いて、私も驚いたよ」
「ありがとうございます。お祝いのお言葉をいただき、光栄でございます」
ヴィクターの婚約者だった時に何度かお会いしたことはあるが、こうして王太子殿下とお話をするのは初めてだ。私はいつもヴィクターの一歩後ろで控えていたから……。
「君のような聡明で素敵な女性がこいつと結婚してくれるのであれば、私としても安心だ」
そう言ってから、王太子殿下は隣のアルベール様へと視線を移した。
「いやあ。それにしても、お前が身を固める気になるとはな」
「何か問題でも?」
「問題はないな。むしろ、いつになったら結婚する気になるのか心配していただけだ。お前ももういい年だしな」
「余計なお世話だ」
お二人の会話からとても仲が良いように見える……かも?
「昔から人を寄せつけない雰囲気を纏っているし、どんな美しい女性にも見向きもしない。そんなお前が自分から女性に求婚するなんてな」
王太子殿下が楽しそうに笑うので、アルベール様は口をへの字に曲げてしまった。
「……リック、お前は昔から口が減らないな」
「アルが愛想がないだけだろう」
互いに愛称で呼び合っているので、やはりが仲が良いのだろう。たぶん……。
「あの……お二人はとても仲がよろしいのですね」
戸惑いがちにそう口にすると、王太子殿下はにやりと笑った。
「仲が良いといえば、まあ、そうなのかな? アルベールとは幼い頃からの付き合いだからね」
「腐れ縁というやつだな」
「おや、ひどいな。私は親友だと思っているのだが……」
「誰が親友だ。むしろ悪友と言ったほうがまだしっくりくる」
王太子殿下は意地悪そうな笑みを浮かべると、アルベール様の肩に腕を乗せる。
「そのようなことを言っていいのかな? 私はお前の秘密を知っているのだぞ」
「……余計なことを話したら殺すぞ」
いつも冷静なアルベール様が子供っぽく見えて、私はついふふっと笑ってしまった。
「ほら、アリシア嬢。見ただろう? アルベールは普段何を考えているか分からない顔をしているが、意外と分かりやすいのだよ」
「おい!」
肩に置かれた王太子殿下の腕を払うと、アルベール様は眉を顰める。
「はいはい。分かっているよ」
王太子殿下は悪びれる様子もなく、心底おかしそうに笑う。
「これからは一人で気ままというわけにもいかないぞ。まず夜更かしするのはよくないな」
「私の生活に口を出すな」
「ははっ。そう怒るな。幸せそうで何よりだと言っているのだ」
王太子殿下は改めて私に向き直ると、いつもの人懐こい笑みを浮かべる。
「アリシア嬢。こいつは少々扱いづらい男だが、根は誠実だ。私が保証するよ。どうか、これからもよろしく頼む」
「はい。私こそアルベール様と一緒に幸せになれるよう、努力していきたいと思います」
「うん。良い返事だ」
満足そうに微笑むと、王太子殿下は再びアルベール様の肩を軽く叩いた。
「アリシア嬢を大切にしろよ。今度は私に惚気話くらい聞かせてくれ」
「断る!」
「ケチだな」
肩を大げさに竦める王太子殿下に、アルベール様は呆れたように息を吐く。だが、その表情はどこか柔らかかった。
王太子殿下との会話で、私はアルベール様の新しい一面を知ることができた。
そして、王太子殿下が去った後、アルベール様は私の耳元でこっそりと呟いた。
「……あまり、あの男の言うことを真に受けないでくれ」
「ふふっ。分かりました。でも、アルベール様の昔のお話は聞いてみたいです」
「それは……また機会があれば」
珍しく歯切れの悪い返事に、私は首を傾げた。
どうやら、アルベール様にはまだ私の知らない一面があるらしい。
それを少しずつ知っていけるのも、これからの楽しみの一つになりそうだった。




