18.庭園での秘めごと
人の熱気にあてられてしまったので、アルベール様とともに王宮の庭園で涼むことにした。
庭園にある噴水の近くには四阿があるので、そこに座って休憩をする。
「王太子殿下とは、本当に仲がよろしいのですね」
自慢ではないが、私には親しい友人がいないので、羨ましいと思う。
「仲が良いわけではない。単に長い付き合いというだけだ」
「あら。王太子殿下は親友だと仰っていましたけれど」
「あいつの言うことを真に受けることはない」
アルベール様は少し不服そうな表情だが、何やら微笑ましくて思わず笑みが零れた。
「幼い頃からの付き合いだとか?」
「両親に連れられて王宮に出入りするうちに、いつの間にかあいつの遊び相手になっていた」
「そうだったのですね」
王子の遊び相手に、高位貴族の子息令嬢が選ばれることは珍しいことではない。
「あいつはうるさい子供だったな」
「今も賑やかな方ではありますね」
「……否定はしない」
アルベール様は苦笑する。
「ロードリックにはパトリックという兄がいた」
「存じ上げております。確か婚約破棄騒動で失脚されたとか?」
「さすがに知っていたか」
私は当時十歳だったので、両親が話していたのを聞いただけだ。だから、詳しいことは知らない。
王太子殿下の兄上であるパトリック殿下には、幼い時に決められた婚約者がいた。ところが、あと半年で結婚を控えていたにも関わらず、平民の少女と身分違いの恋に落ちてしまったのだ。
パトリック殿下はその平民の少女を新たな婚約者に据えるため、婚約者に冤罪をきせて婚約を破棄しようとした。だが、結局上手くいかず、王族の身分を剥奪され、平民の少女とともに国外に追放されたと聞いている。
「パトリックは王族としての振る舞いに問題があったからな。元々廃嫡の動きはあった。婚約破棄騒動は絶好の機会だったというわけだ」
「それで第二王子だったロードリック殿下が王太子となったわけですね」
「そうだ。そしてパトリックの婚約者だった公爵令嬢はロードリックの婚約者となった」
「まあ。ではその方が今の王太子妃殿下なのですね」
王太子妃殿下といえば、ウィンスレット公爵家のご令嬢だったセラフィーナ様だ。セラフィーナ妃殿下は美しく聡明な方で王太子殿下を献身的に支えている方と聞く。
「ああ。まあロードリックは元々セラフィーナが好きだったからな。あいつにしてみれば、ちょうど良かったのかもな」
恋していた女性が妃になるなんて素敵な話だ。
「そうだったのですね。王太子殿下はご苦労なさったことでしょう」
「本人は飄々としているが、あいつなりに背負わなければならないものがあるのだろうな」
アルベール様は噴水の向こうに視線を向けると、はっとした顔になる。
「アルベール様、どうかされまし……」
言いかけてアルベール様に人差し指を唇に押しつけられたので、私は驚いた。
「静かに……」
私は頷きながら、椅子の下に身を屈めるアルベール様に倣って、そっと行動した。
少しすると、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「どうして、貴方はお姉様のことばかり! もういい加減にして!」
静かな庭園に響き渡る声はエイミーのものだった。
「エイミー、静かにしろ。ここは王宮だぞ。誰に聞かれているか分かったものではない」
もう一人男性の声がする。この声はヴィクターの声だ。
「そんなこと分かっているわ!」
「分かっているのであれば、もう少し静かに話せ」
「貴方はお姉様のことをどう思っているの? まだ未練があるの?」
「何度も言っているだろう。僕は君を選んだ。君を愛しているからだ」
「だったら、どうしてお姉様の話をするのよ!」
「君がアリシアのことを話題にするからだ」
ヴィクターの声には苛立ちがにじんでいた。理不尽なエイミーの言い分に腹を立てているのだろう。
「エイミー。君はいつまで彼女と比べるつもりなんだ。アリシアがエーデルシュタイン公爵にドレスを贈られたからといって、君が不幸になるわけではないだろう」
「私はあのドレスが欲しかったのよ!」
「そのドレスを自分で引き裂いたんだろう。今さら何を言っているんだ」
「だって、お姉様に渡すくらいなら、壊してしまう方がましだったのよ!」
エイミーの言葉に私は深いため息を吐きたくなってしまう。どこまでも愚かな妹だ。
ヴィクターは疲れたようにため息を吐いた。
「……君はいったいアリシアに何をしたいんだ?」
「何って……」
「彼女はもう君に何も求めていない。自分の人生を歩もうとしているんだ。どうしてそれを認めてやれない? アリシアは君の姉なんだぞ」
「貴方はお姉様の味方なのね!」
「そうじゃない。何度言ったら分かるんだ。僕は君を愛している。だが、君のすること全てを肯定するつもりはない」
「そんなのひどいわ!」
「ひどいのはどちらだ」
ヴィクターは自分の全てを肯定してくれると思ったのだろう。だが、それを否定されてエイミーは黙り込んだ。
私はそっと視線を伏せて、ひっそりと呟く。
「バカな子」
アルベール様が私の肩をそっと抱き、囁くように声をかけてくれた。
「戻ろう、アリシア」
「……はい」
私たちは二人に気づかれないように、そっとその場を離れた。




