19.アルベールの誘い
しばらく歩いたところで、アルベール様が足を止めた。庭園からだいぶ離れたところにある回廊だ。すぐそばに中庭が見えている。
「アリシア」
「はい?」
「社交シーズンが終われば、私は領地へ帰らなければならない」
胸にズキリとした痛みが走る。
アルベール様は元々あまり領地からは出てこないうえに、たとえ王都にいたとしても、社交の場に顔を出すことは少ない。
今回は私と婚約を結ぶために、長く王都に留まっていただけだ。
きっとアルベール様は領地に帰っても、時々会いに来てくれるだろう。だが、エーデルシュタイン公爵領は遠い。
そして、私も社交シーズンが終われば、家族とともに領地へ帰る。クロスフォード侯爵領は、エーデルシュタイン公爵領とは反対の南部にあるのだ。
頻繁にアルベール様に会うことはできないと思うと、寂しくて不安だった。
「アリシア、私と一緒にエーデルシュタイン公爵領へ行かないか?」
「アルベール様の領地へ?」
思いもかけないアルベール様の言葉に、私は目を瞬かせた。
「もちろん、君が望むのであればだが。婚約をしたからといって、すぐに返事をする必要はない」
「それは……婚約者として、エーデルシュタイン公爵家のしきたりを学ぶ必要があるということでしょうか?」
貴族令嬢は婚約が決まると、婚約者の家へ花嫁修業に行くことがある。婚家のしきたりを学んだりするためだ。
アルベール様と結婚すれば、私はエーデルシュタイン公爵家の女主人となるので、いろいろ学ばなければならない。
「それもあるが、君を私のそばに置きたいのだ」
アルベール様は私の手を包み込むように握る。
「正直に言うと、あの家族のもとに君を置いておきたくはないのだ。これまであの家でどのように扱われてきたのか私は知っている。今日のことも含めて、これ以上君が誰かの都合に振り回される必要はない」
先ほど偶然聞いてしまったエイミーとヴィクターの会話のことだ。
ドレスがエイミーの手によって引き裂かれたことも知られてしまった。
今後もまた同じことが繰り返されるのではないかと、アルベール様は心配してくださっているのだ。
「ご心配していただけるのはうれしいのですが、私は大丈夫です。以前のように両親や妹の都合に振り回されるつもりはありません」
「君が強くなったことは分かっている」
私の手を握っているアルベール様の手の力が強くなる。
「だが、強くなったからといって、傷つく場所に留まる必要はあるまい。私と一緒に行こう、アリシア」
今までこんなふうに私に手を差し伸べてくれる人はいなかった。アルベール様の言葉が胸に沁みて、とても温かくなるのを感じる。
私は自分の人生を自分で決めると誓った。だから、差し伸べてくれた手を掴んでもいいのだ。
何より、こんなにも私のことを考えてくださるアルベール様と離れたくはない。
「行きたいです」
「本当か?」
「はい。アルベール様の領地をこの目で見てみたいです。それに……アルベール様と一緒に過ごせるのはうれしいです」
「アリシア、ありがとう」
そして、いつの間にかアルベール様の懐に引き寄せられ、強く抱き締められる。
まるでアルベール様に守られているようで安心した。この腕の中にいれば、何が起ころうとも大丈夫だという気がしてくる。
しばらくそのままでいながら、アルベール様は口を開く。
「領地には君に見せたいものがたくさんある」
「エーデルシュタイン公爵領は自然豊かな良いところだと聞いております」
「ああ。きれいな湖も森もある。一緒に遠乗りに出かけるのも良いかもしれないな。乗馬はできるか?」
「自信はありませんが……」
クロスフォード侯爵家は私が継ぐことになっていたので、嗜みとして乗馬もできることはできる。
「ははは。では私と一緒に馬に乗ればよい」
「えっ! アルベール様と同じ馬に乗るのですか?」
「何だ? 嫌か?」
「……嫌ではありません」
そう。嫌ではないが、アルベール様と同じ馬に乗れば、身体が密着することになるので、少々恥ずかしい。
そう思いつつも、すでに楽しみにしている自分がいる。
「アルベール様」
「何だ?」
「領地へ行くのが今から楽しみです」
「私もだ。君を迎える準備すら楽しみにしている」
今年はクロスフォード侯爵領へは帰らず、アルベール様とともにエーデルシュタイン公爵領へ行けるのだ。
しばらく家族と会わずにすむのも、気分的に楽だと思ってしまう。特にエイミーとは……。
私たち姉妹はしばらく離れたほうがお互いにとっていいのかもしれない。
「さて、では明日から早速準備を始めなければならないな」
「明日からですか? さすがに早くはありませんか?」
「社交シーズンはあと少しで終わる。明日からでも遅いくらいだと思うが?」
あと少しと言っても、二ヶ月はある。アルベール様の気の早さに私は苦笑してしまった。でも、心なしかアルベール様が楽しそうなので、私も楽しい気持ちになる。
「分かりました。では、私も支度を始めますわ」
「ああ。そうしてくれ」
中庭の回廊を後にして、私たちは再び華やかな大広間へと戻っていった。




