8.王宮舞踏会にて
王宮舞踏会当日、私は鏡の前に立ち、アリンに整えてもらったドレス姿を確かめていた。
淡い水色のドレスの胸元には銀糸で繊細な刺繍が施され、裾には小さな真珠が縫い込まれている。
金色の髪はハーフアップにして真珠の髪飾りを挿した。そして首元を決して大振りでないが、サファイヤのネックレスで飾る。そのサファイヤは、まるでエーデルシュタイン公爵閣下の青い瞳のように輝いていた。
「とてもおきれいです、お嬢様」
「ありがとう」
自分で着たいと思うドレスを選んだが、我ながら満更でもないと思う。
鏡の中の自分に微笑みかけていると、扉の向こうから来客を告げる侍女の声が響いた。
「失礼いたします、お嬢様。エーデルシュタイン公爵閣下がいらっしゃいました」
胸が高鳴る。ついに待ちかねていた時間がやってきたのだ。
私は深呼吸をして玄関ホールへと向かった。
玄関ホールには、黒の礼服に身を包んだ公爵閣下が立っている。
黒髪は後ろに撫でつけられており、整っていた。端正な顔立ちがいっそう際立っている。
普段はどこか近寄りがたい雰囲気のある方だが、私の姿を見つけるとわずかに表情を和らげた。
「お待たせいたしました、公爵閣下」
「いや。今来たところだ」
公爵閣下は私の姿をじっと見つめると、ほんの少し目を細めた。
「そのドレスよく似合っている」
「ありがとうございます」
「そういった感じのものが君の好みなのか?」
「はい。自分の好きなものを選んでみました」
「そうか」
公爵閣下に褒められたのがうれしくて、自然と笑みが浮かんだ。
「では行くか」
差し出された腕に手を添える。
「はい」
エーデルシュタイン公爵家の家紋が刻まれている馬車に乗り、公爵閣下とともに王宮へ向かった。
◇◇◇
舞踏会会場である王宮の大広間には、すでに大勢の貴族たちで賑わっていた。
両親とエイミーは私より先に会場へ向かったので、どこかにいると思われるが、わざわざ探す気はない。
天井から吊るされた豪華なシャンデリアが輝き、会場は光に包まれていた。
楽団が奏でる優雅な音楽が響いて、とても良い雰囲気だ。
しかし、公爵閣下と私が姿を現した途端、周囲の視線が集まる。
「ご覧になって。エーデルシュタイン公爵が女性をエスコートしているわ」
「あの方はクロスフォード侯爵令嬢のアリシア嬢ではありませんか?」
「ああ。アディントン伯爵令息と婚約を解消した方ね」
ひそひそと囁く声が聞こえてくる。
予想はしていたけれど、やはり噂の的になっているらしい。
「気にする必要はない」
公爵閣下が添えている私の手にそっと力を込めた。
「……はい」
「君は何も恥じることなどしていないのだからな」
私は頷き、堂々と顔を上げた。
そうだ。私は婚約を解消したことを恥じてはいない。
誰かの期待に応えるためだけに生きるのをやめて、自分の人生を歩み始めたのだ。
その決心を他人の噂で揺らがせたくはなかった。
公爵閣下とともに挨拶に回っていると、聞き覚えのある声がした。
「アリシア?」
声のしたほうへ向くと、そこにはヴィクターとエイミーが立っていた。
ヴィクターは私と公爵閣下の姿を見て、明らかに動揺している。
「エーデルシュタイン公爵閣下。ご機嫌麗しゅうございます」
「アディントン伯爵令息か」
公爵閣下はヴィクターのあいさつに淡々と応じた。
ヴィクターの隣でエイミーは私のドレスをじっと見つめていた。今まで着たことがないデザインだから物珍しいのだろう。
「お姉様……本当にエーデルシュタイン公爵閣下といらしたのね?」
「ええ、先日お話したとおりよ」
「それは、そうですけれど……」
エイミーは言葉を濁しながら、私をエスコートする公爵閣下に目を留める。
「どうして、お姉様なのですか?」
思いがけない問いかけに私は目を瞬かせた。
「エイミー?」
「だって、エーデルシュタイン公爵閣下ほどのお方でしたら、もっと相応しい女性がたくさんいらっしゃるでしょう? それなのに、どうして婚約解消したばかりのお姉様を……」
「エイミー、よせ!」
ヴィクターが窘めたが、エイミーは不満そうに唇を尖らせた。
「君がアリシア嬢の妹エイミー嬢か? アリシア嬢が誰と婚約していたかは関係ない。私が彼女をエスコートしたいと思ったのだ。それでは不都合だろうか?」
公爵閣下は落ち着いた声でそう答えていたが、その瞳には冷たさが宿っていた。その冷酷な瞳に真っ直ぐに見つめられたエイミーはビクリと身を震わせる。
「い、いえ……」
震える声でエイミーは頷いた。
「エーデルシュタイン公爵閣下、アリシア、失礼した。行こう、エイミー」
ぶるぶると震えているエイミーの肩を抱いて、ヴィクターはその場から去っていった。
「あの……公爵閣下。妹が失礼なことを……」
エイミーの無礼を謝罪しようとして、公爵閣下が私の口元に人差し指を立てる。
「君が謝罪する必要はあるまい」
「あっ……」
これまで妹がしでかした失敗は私が謝罪してきた。長年沁みついた癖というものはなかなか抜けないものだ。
少ししゅんとしていると、公爵閣下が苦笑しながら手を差し出す。
「それよりアリシア嬢。私と一曲踊っていただけるだろうか?」
「……はい。喜んで」
差し出された手に私は自分の手を重ねた。
楽団が奏でる音楽がゆったりしたワルツへと変わる。
公爵閣下に導かれ、広間の中央へと歩き出した。
「アリシア嬢。そろそろ私のことはアルベールと呼んでくれないだろうか?」
ダンスを踊りながら公爵閣下にそう囁かれたので、私は微笑む。
「……はい。アルベール様」
もう、周囲の視線は気にならない。
私の隣にはアルベール様がいる。彼の手を取りながら、私は初めて自分の未来に心を躍らせていた。




