4.突然の求婚
自分のために生きると家族に告げた後、何か言われるだろうと覚悟していたが、意外にも何事もなく翌日を迎えた。
朝食を軽く部屋で摂った後、図書室へ向かう。
今までは、侯爵令嬢として必要な知識を学ぶためだけに本を読んできた。歴史や地理、経済や経営、どれも大切なものだったけれど、本当に自分が読みたいと思う本を読んだことがない。
だから物語や旅行記など違うジャンルの本を読んでみようと思ったのだ。
「何を読もうかしら?」
そんなことを考えながら、図書室の扉を開けた。
入室しようとして、思わず足を止める。
「……え?」
窓際のソファに一人の男性が座っていたからだ。
この国には珍しい黒い髪に鋭い青い瞳。おそらくは長身であろう青年は長い足を組んで、本を読んでいる。
その男性に私は見覚えがあった。
この国クルスタリア王国の北部を治めるエーデルシュタイン公爵家の当主アルベール・エーデルシュタインだ。
軍事と経済の両面で王国を支える若き公爵だが、冷酷で近寄りがたい人物として知られている。先代のエーデルシュタイン公爵つまり父親を無理やり当主の座から引きずり下ろし、爵位を継いだという噂があった。真偽は定かではないが……。
あまり領地から出てこないので、王宮で何度か姿を見かけたことがあるが、直接話したことはない。
ましてや我が家とは接点がないはずなのだが、なぜここにいらっしゃるのだろう?
「……あの」
恐る恐る声をかけると、男性は顔を上げる。
「失礼ですが、エーデルシュタイン公爵閣下でいらっしゃいますか?」
「ああ。アルベール・エーデルシュタインだ」
青い瞳が真っ直ぐに私を捉える。
私は慌てて背筋を伸ばし、淑女の礼をとった。
「私はクロスフォード侯爵家の娘でアリシア・クロスフォードと申します。我が家の図書室に何か御用がおありでしょうか?」
「いや。君に用があって来た」
「私に?」
考えてみたが、公爵閣下との接点が思い当たらない。
そもそも私は社交界で目立つ存在ではなかった。婚約者だったヴィクターのために人脈を広げようとしてはいたが、自分は常に彼の一歩後ろにいたのだ。
「そうだ。アリシア嬢、君はヴィクター・アディントンとの婚約を解消したそうだな」
私はビクリと肩を震わせる。
婚約者を妹に奪われたという噂はもう社交界に広まっているのだろうか。
「……はい。お恥ずかしい話ですが、アディントン伯爵令息との婚約は解消することになりました」
「恥じる必要はないだろう」
「え?」
俯きがちにポツポツと答える私に返ってきた言葉に目を瞬いた。
「婚約解消は君一人の責任ではないのだろう? そうであれば、恥じる必要はあるまい」
公爵閣下は慰めようとしているわけでもなければ、私に同情しているわけでもない。ただ事実を述べているだけに過ぎないのだ。
当たり前のことだが、だからこそ、その言葉はすっと胸に入ってきた。
だって、今まで誰もそんなふうには言ってくれなかったから。
両親も妹も婚約者も私なら理解してくれるだろうと言っていた。
誰も私のことなど気にもとめてなかったのだ。
「……そう……ですね。ありがとうございます」
だから、気がつけばそう口にしていた。
「礼を言われるようなことはしていないが?」
公爵閣下は意外そうに首を傾げる。
「ところで私への御用というのは、婚約解消のことでしょうか?」
ヴィクターとの婚約解消が公爵閣下と何の関係があるのか見当もつかず、私は首を傾げながら尋ねる。
すると、公爵閣下はソファから立ち上がり、私に向かってこう告げた。
「アリシア・クロスフォード侯爵令嬢。私と結婚してほしい」
「……はい?」
思わず、間の抜けた声が出てしまった。
お読みいただきありがとうございます。
新連載なので張り切って複数話投稿しました。
これからも毎日投稿を続けます。
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