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妹に婚約者を奪われたので、冷酷公爵様のもとで自由に生きます~と思ったら、なぜか溺愛されています~  作者: 雪野みゆ
第一章

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3.好きなものを探すこと

 翌日からまずは自分が好きなものを探すことから始めた。


 朝食を終えた後、紙とペンを用意して机に向かう。


「お嬢様、お茶をお持ちいたしました。あら? 何をなさっているのですか?」


 紅茶を用意してくれた侍女のアリンがそう尋ねてくる。


「自分の好きなものを書き出してみようと思って」


「好きなもの、ですか?」


 アリンは不思議そうに首を傾げた。


「ええ。これからは自分のために生きようと決めたのだけれど、そもそも自分が何を好きなのか、よく分からないのよ」


「まあ、そうなのですか」


 彼女は私が幼い頃から専属侍女として仕えてくれている。私がどれほど家族の顔色をうかがってきたのか、誰よりも知っているのだ。


 だからこそ、私の行動に驚いたのだろう。


「とても素敵なことですわ、お嬢様」


「そうかしら?」


「はい。お嬢様はいつも誰かのために行動されていましたから。これからはご自分の時間を大切にすればよろしいかと思います」


 アリンは私のことをちゃんと見ていてくれたのだ。それがうれしくて胸が温かくなる。


「ありがとう、アリン。好きなものを探すのを手伝ってくれる?」


「もちろんでございます」


 私は頷くと、再び机に向かいペンを握る。


「ええと、好きなもの……」


 すぐに好きなものが思い浮かばず、しばらく考え込む。


 ふわりと紅茶のいい香りがする。冷めてしまったので、アリンが淹れなおしてくれたのだ。


「そうだわ! 紅茶が好きだわ」


「早速好きなものが一つ見つかりましたね」


「ええ! それから……」


 二つ目の好きなものを思い浮かべようとして詰まってしまった。


「……簡単に出てこないわ」


 ふふとアリンが微笑む。


「焦ることはありません。そうですわ! 気分転換にお庭の四阿(あずまや)でお茶の時間を過ごされてはいかがですか? 何か思い浮かぶかもしれませんよ」


「それはいいわね!」


 アリンの素晴らしい提案に乗ることにした。



 クロスフォード侯爵邸の庭園は広く、季節ごとに様々な花が咲く。


 母とエイミーはバラが好きなので、庭園にはバラが多く植えられている。


 今はバラの季節ではないが、華やかな花々が咲き誇っていてきれいだ。


 眺めていると隠れるように白い小花が咲いているのが目に入る。


「あら、可愛い花ね」


 私は四阿を出てその花が咲いているところまで行き、屈む。


 華やかさはないが、白い花びらは可憐に風に揺れている。


「お嬢様、いかがされましたか?」


 振り返ると、アリンが焦った様子でこちらに歩み寄ってきた。四阿を出てこんなところで屈んでいるので、心配してくれたのだろう。


「ねえ、アリン。この白い花の名前を知っている?」


「はい。確かスノードロップだったと思いますが……」


 スノードロップ。雪の雫か。可愛い名前でこの花にぴったりだ。


「私、この花が好きだわ」


 言葉に出してみて、自分でも驚いた。好きなものを見つけたのだ。


 たったそれだけのことなのに、胸がドキドキする。


「好きなものが増えましたね」


 アリンもうれしそうに微笑む。


 私はもう一度、スノードロップを見つめる。


 これから先、どれだけ好きなものを見つけることができるだろう。


 考えると、未来が楽しみになった。


◇◇◇


 しかし、そんな穏やかな時間は長く続かなかった。


 夕食の席で父が私に報告をする。


「アリシア。明後日、アディントン伯爵家から使者が来ることになった」


「婚約解消の手続きについて、でしょうか?」


「そのとおりだ。正式な書類を持ってくるとのことだ」


 父が淡々と告げると、隣に座る母は当然という顔をしていた。


 私の隣に座るエイミーを横目でちらりと見れば、俯きがちではあるが口元に笑みを浮かべている。


「そうですか。承知いたしました」


「それから、お前にはしばらく社交の場を控えてもらおうと思っている」


「それは、どういうことでしょうか?」


 これから社交シーズンが始まるというのに、なぜ控えねばならないのだろう。


 私が眉を寄せながら父を見ると、ため息を吐きながらこう切り出した。


「婚約解消の話が広まれば、いろいろと噂されるだろう。余計な詮索を避けるためにも、しばらくは屋敷で過ごすといいだろう」


「私が婚約を解消されたことを、恥ずべきことだとお考えなのですか?」


「そういう意味ではない」


 不機嫌そうに父は眉を寄せた。


「お前のためを思って言っているのだ」


 私のためだと言うが、本当に私のことを考えているのなら、どうして本人に相談もなく婚約解消を決めたのだろう。


 だが、父にそう訴えたところで無駄なことだろう。


 いつものように頷きかけて、はっとする。


 もう、何でもかんでも受け入れるのはやめると決めたのだ。


「お父様」


「何だ?」


「婚約解消の手続きについては異存ありません。ですが、社交の場を控える必要があるとは思いませんわ」


 料理に手をつけようとしていた父の手が止まる。


「アリシア。何を言っているの?」


 母は驚いたように私を見た。


「婚約解消は私だけの責任ではありません。ヴィクター様がエイミーを選ばれたからこそ、こうなったのです。それなのになぜ私が恥じて隠れなければなりませんの」


「お姉様」


 エイミーが今にも消えそうな声で私に呼びかける。


「私のせいでお姉様がつらい思いをするのは嫌です」


 瞳にみるみる涙が浮かんでくるエイミーにいつもの私であれば、すぐに謝っていただろう。


 しかし、今は違う。


「エイミー」


「……はい」


「私は貴女を責めているわけではないわ」


 ポロポロと涙を零しながら、エイミーは顔を上げる。


「ただ、私が婚約を解消したからといって、社交の場を控える必要はないと言っているの」


「でも……」


「それに貴女がヴィクター様と結婚するのであれば、これからは貴女自身が彼を支えていかなければいけないのよ」


 私はそのまま静かに続ける。


「私が今までしてきたことを貴女が引き継ぐの」


 エイミーは目を見開いた。


「アリシア。お前はまだヴィクターに未練があるのか?」


 父が不快そうに眉を顰める。


「いいえ」


 私ははっきりと否定するように首を横に振った。


「未練はございません。ただ、これからは自分の時間を大切にしたいと思っているだけです」


「自分の時間だと?」


「はい。今まではクロスフォード侯爵家のため、家族のため、婚約者のために時間を使ってきました。これからは、自分が何をしたいのかを考えてみたいのです」


 口にした途端、胸の奥がすっと軽くなった。ずっとこう言いたかったのだ。


「……お前はいったい何を言っているのだ?」


 父は理解できないという顔をしていた。母も困惑しているようだ。


 その両親の表情を見て、私は初めて気づいた。


 この人たちは、私が自分の意思を口にするとは思っていなかったのだ。


 私がいつまでも従順でいると、本気で信じていたのだろう。


「申し訳ございません。突然のことで戸惑われるかもしれませんね」


 ナプキンをたたみ、椅子から立ち上がる。


「ですが、これは私が決めたことです。今後のことは、私自身で考えて決めます」


「アリシア!」


 父が声を荒げるが、構うことなく食堂の出入口に向かう。


「失礼いたします。先に休ませていただきますわ」


 食堂を出ると足を止めることなく、自室へ歩を進めていく。


 怖くないと言えば、嘘になる。


 これまで父に逆らったことはなかったが、初めて自分の意見を伝えた。明日になれば、きっと何か言われるだろう。


 それでも――。


「……少しずつでいいのよね」


 私は自分に言い聞かせるように、そう呟いた。


 いきなり何もかも変えることなどできない。


 小さなことから一歩ずつ始めればいい。


 好きなものを見つける。自分の時間を自分のために使う。そして、自分の気持ちを伝えること。


 その一つ一つが今までの私にはできなかったことなのだから。


「明日は本でも読んでみようかしら?」

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