第一章7 『ユズの初めて』
初めて誰の目からみても主体的に動けた、そんな瞬間だった。この高校に来て、たくさんの立派なアニマと数々の実績を持つクラスメイト達に囲まれて完全に自信を喪失していたユズ。これまで恥ずかして言えなかったが、実はユズも中学ではモノづくりができる人として学校で認知されていた。だから単なる憧れだけでこの学校にきたわけではない。しかし、全国各地からのトップランナーが集まるこの高校においては、そんなローカルな経歴など何の肩書にもならなかった。
入学してから自分から動けたことと言えば、滝澤先生のクラスに行きたいと言ったことだが、あれは感情に突き動かされた衝動的な行動だった。だが、今回は自分の弱さと向き合ってそれでも今の自分にできることを考えた結果で、自己分析の末に出た意志ある行動だ。…と自分の頭の中で考えてはいるものの、みんなの反応が怖くて顔を上げられないユズ。
「いいじゃん!ユズにぴったりだよ!」と最初に発言したのはずっと僕の隣にいてくれた親友の友心。「今回コンペで勝つためには市長を動かすことが必要だ。それには地域の方のためにどこまで強く語れるかが重要になってくる。それにプレゼンはもちろんのこと、市長はその後の質疑応答でより見極めようとしてくるはずだ。そうなるとユズが一番適任だろう。」という友心に対して、高見と工藤がなるほどねという顔をするが、ユズには皆目見当がつかなかった。ひとまず無事にみんなの了承を得られてほっとするユズであった。
その後ユズはプレゼンの準備に人一倍熱心に取り組んだ。プレゼン経験豊富な友心と工藤からたくさんの技術を学んだ。構成・ストーリーテリング、言語/非言語表現、資料作成、感情への訴求など、知らないことばかりであったが、二人の指導とユズの圧倒的熱量で吸収していった。
——そして、市長を含む自治体、関連企業、地域住民を含めたプレゼンテーション当日。「本日はお集まりいただきありがとうございます。私たちは、授業の一環として地域の皆様のお悩みを解決するためのモノづくりをしてきました。日頃より私たちを温かく見守ってくださっている皆様に少しでもお役に立てられればと思っておりますので、最後まで何卒よろしくお願いいたします。」と開会宣言をする友心。これだけ外部の参加者がいる場においては、多くの場合先生が取り仕切るところではあるが、滝澤先生の場合は全て学生にやらせる方針のようだ。ちなみに滝澤先生は、傍聴席で市長の隣に座っており、開会宣言が始まる直前まで市長と仲睦まじく話していた。
発表順は事前にくじ引きで決めている。コンペ形式となると話す順番によって結果が左右されることも少なくない。一番最初は全体の空気づくりや評価指標のものさしとして考えられることが多いし、最後であればどうしても期待値が高くなってしまう。そんな中、僕たち久保川チームは5番目、つまり前回と同様に大トリであった。どうやら僕たちはそういう運命らしい。
各チーム、どういった背景、目的で何を作ったのかをプレゼンしていった。自治体や関連企業の方は鋭い眼差しで説明に聞き入り、時には首を傾げながら何かを手元にメモしているようだった。質疑応答では、自治体や企業の方からの質問はあったが、市長からは一切なかった。地域住民の方は、我が子の発表を聞いているかのように温かく、これあったら便利ね!というのが表情に現れていた。
そんな中一際目立っていたのが4番目に発表した宮城チームだ。彼らの発表は非常にロジカルでビジネスライクであった。今回決定権を持つ市長に即した構成で、市が持つ主要課題を分析し、その中で一番優先度が高く、コストが低いものを取り上げて、それを解決するためのソリューションを提示した。これには市長も大きな関心を示したようで、大きな相槌がみてとれた。
ついに大トリ、久保川チームの発表だ。前チームの発表の完成度が高かった分、更にプレッシャーを感じているユズであるが、それはそれと切り替えるように力強い眼差しで登壇した。
そしてプレゼンが始まった。「——。————。」ユズは口を動かしているが、まったく何も聞こえない。緊張で声が出ていないのだろうか。市長や関連企業、地域住民の方もどうしたんだと注意をひかれている。すると、急にユズの声が聞こえた。「皆様驚かせてしまい申し訳ありませんでした。私たちのチームは今回、静寂を作りました。先ほど実は大きな声で冒頭の挨拶をしていたのですが、このサイレントウェーブによって周囲の音をかき消していたのです。なぜ私たちがこれを作ったのか、まずはこちらをご覧ください。」
するとこの街全体が緑で溢れている映像が映し出された。その中には幼児や遊び盛りな小学生、勉学に勤しむ子供たち、社会人、高齢者、全ての人たちが溶け込んでいた。自宅や学校、職場ではないサードプレイスとして、周囲を気にすることなく自由に活動しているたくさんの人々。老若男女問わず交流をしている楽しそうな顔、夢を追いかけて勉学や仕事に集中している顔、そのどれもが本当にこの街の明るい未来を象徴していた。
ここにいる全員が食い入るようにこの映像を見ていた。すると脇にいた志水がつぶやく。「うまいな。最初に製品デモで技術的な興味関心をさせ、未来あるコンセプトムービーで一気に感情への訴求をしている。完璧なプレゼンの入りだ。」
「ご視聴ありがとうございました。いまお示ししたのは私たちが将来目指しているこの街の姿です。きっかけはある家族との出会いでした。」とユズが最初に工藤のアニマであるコンちゃんに導いてもらって出会った3人家族との出会いから、公園が取り壊しになったこと、また公園を作るためにウェーブシリーズを開発したこと、そしてこれを足掛かりに街全体を再建したいことを語った。
「最後に、私たちは全力でこの街をより良くしたいと思っています。そのためには私たちの力だけでは足りません。ぜひ皆様のお力添えをよろしくお願いします。ご清聴ありがとうございました。」と締めくくった。
すると、大きな拍手がユズたちを称えた。なんとかやりきったと胸をなでおろすのも束の間、今までどのチームの発表でも一言も発さなかった市長がユズに問いかけた。「あなたはこの高校入学とともにこの街に来たのですよね?まだ1か月そこらしか経っていないですが、なぜそこまでこの街のために尽力されたいのでしょうか?」と聞き、久保川、高見、工藤の顔が曇る。最もな質問だ。確かにここに来て1か月程度の人間がどれだけ熱く語っても、真に心に響くはずがない。
ユズは一息入れ話した。「僕が育った町はここのような洗練された都会ではなく、どこにでもある何の変哲もない田舎でした。交通の便も悪く不自由なところもたくさんありましたが、緑が生い茂っており何にも縛られずに自由に子供たちが遊んだり、それを見守る両親や地域の高齢者の方たちも自然にコミュニケーションが生まれ、街全体が温かい空気で溢れていました。そこからこの街にきて最初は都会の喧騒やコミュニケーションの少なさにびっくりしました。でもすぐに気づきました。根本にあるものは私が住んでいた街と何ら変わりないと。子供たちが楽しそうに遊んでいるのを遠くからではあるけれど楽しそうに見ている高齢者の方がおられたり、時間に追われて小走りになっている社会人でも高齢者の方が道に迷っているのではと気にかけておられたり、僕の田舎みたいに直接関与はしなくとも、実は思いやりの心に溢れていると感じました。僕の田舎のようにみんなが気兼ねすることなくコミュニケーションをとれる街にしたいと思ったのがこの街に尽力したい理由です。」すると市長はユズの左肩を見ながら理解した面持ちで着席した。その後は企業からサイレントウェーブとライトウェーブについての技術的な質問がたくさんあったが、高見や工藤からのサポートもあり、なんとか質疑応答を乗り越えることができた。
全チームの発表が終わったところで、最後に市長からの総評とコンペの結果発表があった。「まずはこの街の悩みを集めてそのための解決策を考えてくれたこと本当にありがとう。どのチームも素晴らしいアイディアで、一生懸命取り組んでくれたことが伝わる発表でした。特に宮城チームの発表は現状分析をした上で、効果的かつ取組やすい課題解決が設定されており、私自身考えさせられました。どの街にも主要課題があって、大きくは①少子高齢化・人口問題、②インフラ老朽化、③デジタル化の遅れ、④地域コミュニティの衰退です。この中で①②は必ずやらないといけないものです。さらに予算には限りがあります。それを的確に捉えて、適切なアプローチを提示した宮城チームは評価に値するものでした。そのため、今回は宮城チームのプランを市として進めていきたいと思います。」その結果を聞いたユズたちは落胆した。あれだけ一生懸命やってきたのに選ばれなかった…
続けて市長が話す。「私の市政の方針として、まずは街として必ずやらないといけないものはやる。先ほど申し上げた③④は、確かにやらないと困るものではあるが、必ずやらなければならないというものではない。その前提に立ったとき、④を主張している久保川チームの発表は聞く前から選ぶつもりはありませんでした。ただ、発表を聞いて、私の質問に対する大成君の考えを聞いて気持ちが変わりました。地域コミュニティが活性化しないとこの街に未来はないのかもしれないと。そして、なにより聞いている地域住民の方の顔が、どのチームと比較しても群を抜いて明るかった。よって、久保川チームのプランも市として進めていきます。大成君ありがとう。」
「こちらこそ頑張ります!」と答えるのが精一杯のユズであった。
——制作発表を終えた久保川チームは、無事に選ばれて良かったなとお互いを称え合いながら帰路についていた。「ところで市長からの質問、どうしてあんな風に答えたんだ?俺だったらあんな長ったらしい経緯は省くけど。」とユズに確認する高見。
「僕も答え方に悩んだんだけど、あの時市長を見て、僕のバックボーンを含めて考えが知りたいんだと直感したんだ。だから多少長ったらしくても、しっかりと説明したほうが市長に響くと考えたんだよ。」
「やっぱり俺の言った通りだっただろ、プレゼンはユズが一番適任だって。オムライスの時もそうだったけど、ユズには相手の想いや熱量を感じ取る力があるよ。」と確信を持って話す友心。
「そんな大げさなものじゃないよ~、けどこれで自分たちのやりたい街づくりを進められることになって本当によかったね」とさらっと流したユズ。ふと左肩を見ると灰色の小さなやつがいつもより少しだけ大きく見えた気がした。気のせいかもしれない。でも今日だけは、そういうことにしておこうと思った。
第七話、お読みいただきありがとうございました。今まででユズが一番頑張ったシーンだったので、文字数も多くなってしましましたが、私としてはこれまでの集大成として楽しく書けました。私自身プレゼンは大の苦手で、仕事柄仕方なくやってるんですが、ユズ君は初めてにも関わらず大成功していてすごいですね。(でもきっと彼の性格だったら、内心は心臓バクバクだったと思いますよ)
少しずつユズ君とアニマが成長しており、作者としても無条件に応援できる子だなと思っていますので、皆様ももう少し見守ってもらえると嬉しいです。
最後に私事ですが、とうとうこの作品でブックマークをしていただくことができました。頑張って書き続けてきたので、こういった反応をいただけると大変励みになります。本当にありがとうございます!




