第11話 三従者と皇帝の真相
私が三人の遊びに付き合うという名目で、メディックさんの人体実験に付き合って、ケイティと教会でお祈りをして、クロウと遊んだりダンスをしたりする日々が続いた。
人体実験はともかく、他二人との日々は楽しい。
だけど不満もあった。
一体なんのためにこんなことを続けるかが分からないのだ。
ムゾンの屋敷にいた頃に比べたら天国だけど、やはり不安は募る。
ある夜、私はふと目が覚めてしまい、宮廷内を散歩していた。
時間は正確には分からないけど、もう深夜だったと思う。
すると、あの三馬……おっと、従者の三人が並んで歩いているのが見えた。
珍しい光景だな、と思った。
程なくして、扉のない休憩室のような場所に入っていく。
三人でお茶でもするのかな、と思ってたら――
「今日もご苦労だった」
ジェラルド様の声がした!
なぜ? 何でこんな時間に? 今日もずっと執務してたのにまだ起きてるの?
私は部屋に近づいて、なんとか会話を聞いてみることにした。
「申し訳ありません、私の力不足です」
メディックさんの声だ。いつものクククな雰囲気とはずいぶん調子が違う。
「あたしも……自分が情けないです」
「ボクもです、陛下……」
ケイティとクロウの声も続く。
三人とも、普段のテンションとはまるで違う。
ジェラルド様からの命令を“果たせなかった”という感じだ。
「あらゆる薬を用いて彼女の解毒を試みておりますが、成果は出ておりません。彼女の毒は体に深く根付いており、いくら吐き出させても、即座に生成されてしまうような仕組みになっているようです」
ケイティも続く。
「私も神との距離が最も近くなる祭壇でニーシャちゃんと共に祈りを捧げています。古くから教会に伝わる浄化方法なのですが、あの子の毒は消え去ることはなく……」
「ボクも力不足を痛感しています。毒素を体外にしぼり出す運動を、ダンスとして彼女に教えていますが、彼女の毒を抜き去ることができない……。汗として流れ出ても、すぐに体内で作られてしまうようです」
これはどういうことなの?
あの三人はただ遊んでたわけじゃなく、私のために今まで――?
「報告ありがとう。彼女の毒を抜くのが非常に難しいというのは分かった。だが、私は諦めたくない。ヘドロ川で育ち、ムゾンに苦しめられた彼女をなんとか“普通”にしてあげたい。これからもよろしく頼む」
「もちろんです!」
ジェラルド様の懇願に一斉に三人が答える。
その力強さから、三人とも全く諦めていないのが分かる。
あの三人はきっとこれからも私のために力を尽くすのだろう。
私は居ても立っても居られなくなった。
「ジェラルド様! みんな!」
ジェラルド様たちが一斉に振り返る。
「ニーシャ……!」ジェラルド様は目を丸くしていた。
「ジェラルド様とみんなは……私の体を治そうとしてくれていたのですね。毒を抜こうとしてくれていたのですね」
私の言葉に従者の三人はうつむく。
私を解毒できていないことに後ろめたさがあるのだろう。
ジェラルド様が答える。
「そうだ」
「二つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか?」
「いいとも」
「まず一つ。なぜ私に真意を教えないまま、この三人に遊びと称して、毒抜きをさせたのですか?」
ジェラルド様は「もっともな疑問だ」と前置きしてから、
「君に気遣わせたくなかった」
「!」
「この三人に治療をさせると言ったら、君はおそらく自分のためにそこまでしてもらうのは悪いと思うだろう。だから、この三人にはあくまで君と遊ぶという体で、治療をして欲しいと指示しておいた」
ジェラルド様の言う通りだ。
三人が治療のために私に付き合ってくれてると知ったら、それに申し訳なさを感じていたかもしれない。
三人とも、他にも仕事はあるだろうに、私に付き合う時は一日がかりなのだ。
「そして、もう一つ。ぬか喜びさせたくはなかった」
「ぬか喜び……」
「この三人はそれぞれ、医療、浄化、運動のエキスパートだ。その三人が“治療する”となったら、もしかすると君は期待してしまうかもしれない。自分の中の毒を消せるかもしれないと。だが、期待をさせてしまったら、もしもダメだった時の落胆も大きくなる。だから、明確な成果が出るまで、君には伝えたくなかった」
これも分かる。
もしも、この三人でも私の毒をどうにもできなかったら、それはもう解毒の手段がないということ。私は絶望してしまったかもしれない。
「よく分かりました……」
「すまない。君の毒を解毒できなくて」
ジェラルド様が心の底から申し訳なく思っているのが分かる。他の三人も同様だ。
「いいえ……」
私は首を振った。
「嬉しいです」
私は心の中に思ったことを、そのまま言葉にして伝える。
「ジェラルド様やみんなが、私のためにここまでして下さったことが嬉しいんです」
「ニーシャ……」
本音だった。
この三人でも私の毒を消し去るのは難しいらしい。
でも、嬉しかった。
私のためにここまでしてくれる人たちがいる。その事実に比べたら、私の中の猛毒なんて大した問題じゃない。この場でその毒のせいで死んだって悔いはなかった。
そして、私はもう一つ尋ねたいことがあった。
「ジェラルド様はなぜ、私にここまでして下さるのですか?」
以前からずっと感じていた、根本的な疑問だった。
暗殺者としてジェラルド様を殺しに来た私に、この人はなぜここまでしてくれるのか。
その理由が未だに分からなかった。
いや、心の底では分かっていた。
この人は皇帝だ。皇帝は国民を愛さねばならない。たとえ私のような最底辺の女だろうと。だから、その使命感でこの人は私を助けてくれたのだと。
すると――
「こういうまっすぐな問いに、ごまかして答えるのは逃げだろうな」
私はうなずく。
『皇帝が苦しむ国民を助けるのは義務だろう』という言葉が欲しかった。
それで私は納得でき――
「君が好きだからだ」
「……へ?」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
私が……好き?
「君が好きだから、侍女にもしたし、一緒に食事もしたし、こうして毒を取り除こうともした。まあ、そんなところだな」
いやいやいや、待って待って待って。
おかしいおかしいおかしい。
不意打ちを受けたように、私の脳がパニックを起こしている。
「好きというのは……あの、国民としてという意味ですよね?」
「いいや? 一人の女性として、という意味だ」
「えええええ!?」
なんだか予想だにしなかったことになってきた。
「私を殺しに来た時、君は自分もここで死ぬと覚悟していただろう」
「それは、まあ、そうですね。ムゾンにも、生きて帰ってくるなということを言われましたし」
「いや、多分君は……ムゾンには関係なく、あそこで自分の人生を終わらせるつもりだったんじゃないかな」
「……」
それはそうかもしれない。
最底辺の私が、皇帝というこの国の最高権力者を殺して死ぬ。そんな状況がなんだか楽しかったし、自分の最期に相応しいと思えたからだ。
「あの時の君は今にも消えそうに儚く、そして美しく見えた」
私の顔面に血が上っているのが分かる。火照っているのが分かる。
「私も今まで何人もの女性と出会ってきたが、あれほどの情動に駆られたのは初めてだった。これが“一目惚れ”なのだろうな、と実感できた」
一方ジェラルド様はいたって冷静なお顔だ。ただし、言葉はあまりに情熱的だった。
「だから……君を侍女にして、できれば毒に侵されているのを治療してあげたいと思った。こんな感じかな。これで答えになっているだろうか?」
「……は、はい」
頭の中がほわぁっとしてる。
「しかし、今の私は皇帝として何もかもが足りない。実績も、周囲からの信頼も、そして貫禄も……。だから君と長い時間過ごすことが出来ない。どうか許して欲しい」
もったいないお言葉だ。
ジェラルド様が私のために時間を割く必要なんてない。今は地盤を固める時だ。
私を“好き”と言ってくれたことも嬉しかった。
もちろん、私がジェラルド様の奥様に――なんてことはあり得ないけど、“好き”と言われただけで十分だ。
一生分の栄養を手に入れた気がする。
だから、私もストレートに想いを伝える。
「私もジェラルド様のことが……好きです! 大好きです!」
「ありがとう」
ジェラルド様の唇がうっすらと上がった。
天にも昇る気持ちだった。
「では明日以降も、引き続き、この三人と共に行動してくれ」
「はいっ!」
私は従者三人組に向き直る。
「皆さん、明日からもよろしくお願いします!」
「ええ、医者として全力を尽くしますよ」
「よろしくね、ニーシャちゃん!」
「ボクのさらにパワーアップしたギャグを聞かせてあげるよ!」
おそらく私の毒が体内からなくなることはない。
だけど私は幸せだった。
私にはこの三人と、ジェラルド様がいるんだから。




